抑うつになり「休職一年」という思い切った対応が、早い回復を

上昇気流をまえに「抑うつ」でダウン

大阪の梅田にある大手スーパー「チューリップ」。そこの店長を高田さん(35才)は三年つとめていました。比較的若い人たちで動いているスーパーですが、なかでも高田さんは優秀と言われて32才で店長に抜てきされました。高田さんの一生懸命の働きのおかげで、梅田○○支店の売上はグングン上昇。ところがさらに波にのるための企画をはじめたところ、どこか高田さんに元気がなくなってきました。「頑張ろう」という気持ちはあるのに、体がついてこないというのです。朝起きがつらく遅刻もぽつぽつ。がんばって職場にでても全身の倦怠感がとれず、ふさぎこんでいる時が多くなってきました。

「あと一月で職場復帰」と、追い詰められて

高田さんは近くにある心療内科へいったところ、「抑うつ」と診断されました。お医者さんには「三ヶ月の休職を要する」という診断書を書いてもらい、思い切って職場を休むことにしました。はじめは長いと思った三ヶ月ですが、あっというまに二ヶ月がすぎあと一月となってしまいました。

不安になってきた高田さんは「あと一月で、仕事に戻れるやろか。こんな調子で」と、奥さんに口癖のように言います。「えらいこっちゃ、まだ治ってないのに」と言っては、そわそわと部屋を歩き回ります。「仕事に復帰せな」「どないなるんやろ」といったあせりの言葉がでてきていました。

けっきょく「あと一月で職場復帰せなあかん」というプレッシャーのため、またうつ状態がぶり返してしまったようです。そこで「抑うつ」のカウンセリングでは実績のある淀屋橋心理療法センターを紹介されました。そこは「家族にも対応のアドバイス」をだしてくれるという点も心強く、奥さんと二人で行くことにしたということです。

「えー、一年の休職?!そんな長い間は休めません」

高田さんは、奥さんといっしょにカウンセリングに参加しました。高田さんの話を聞いてカウンセラーはつぎのように言いました。「うーん、高田さんはあせると無理に無理をかさねだされる傾向がおありですね」と。そういわれると確かにその通りです。「来月は棚卸しや。僕がいかんと」と、電話をかけようとしたり。「店のバイトの子が、二人やめたらしい。どないなるんや」と気になったり。職場復帰が近づいてくればくるほど頭のなかが仕事のことでいっぱいになってきます。あと一月休めるのにこの調子では、とても休養できる状態ではありません。

「どうでしょう。思い切って一年の休暇がとれませんか。じっくりとご自分のあせりと向きあっていったほうがいいのでは。あせりの気持ちに振り回されて、治るものも治らない感じがしますが」と、カウンセラーはアドバイスをだしました。それを聞いて高田さんは、カウンセラーの顔をジーとみつめ「えー、一年ですか?!そんな長い間は休めません。私の仕事もポジションもなくなってしまいます」と叫びにちかい声をあげました。

しかし「そんなことはとてもできません」といった高田さんでしたが、「だめもとじゃない、あなた。会社にかけあってみましょうよ」という奥さんの説得で、直属の上司である部長に尋ねてみることにしました。部長は心配そうな口ぶりで「一度人事に問い合わせて社内規定をしらべてもらおう。あとで詳細を知らせるから」と、電話はきれました。一時間後「一年の休職はできるそうだよ。手続きが必要だがね」という返事をもらい、人事課に一年の休職願いを申し出ることにしました。「高田君は優秀な社員だから、しっかり治してまた元気になって職場にでてきてもらいたい。奥さんもたいへんでしょうが、がんばって支えてあげてくださいよ」というあたたかい部長の励ましに、高田さんも奥さんもどんなにか心が休まりました。

半年後、「クイズ番組っておもしろいな」と笑い声が

会社を休んで半年がたちました。最近では布団の上でゴロゴロしていても平気になりました。休んでいることにたいする罪悪感がうすらいできたようです。「『寝ときたいなー』という気持ちにのっかっていったほうが、長い目でみて仕事復帰につながりますよ」というカウンセラーの言葉も、素直に聞けるようになりました。

「このごろはテレビをよく見ます。とくにクイズ番組が気に入ったようで」と、奥さんからの報告がありました。以前はニュース以外はテレビをみない人だったのですが。「この答えは○○や。あたった。僕のほうがよう知ってるなー」とか「おーい百合子(妻)、ちょとこいや、いっしょに見ようや」と、気楽に奥さんにもさそいがかかります。「びっくりするくらい大きな声がでるようになりましたね」と、奥さんも最近の高田さんのようすをうれしそうに話しました。

やっぱり思い切って一年休職を延長してもらったことが、早い好転のきっかけになりました。高田さんは奥さんといっしょに、あせらずじっくりと生活のなかのさりげない楽しみを見つけていくことができたようです。

頑張りの糸がきれて、あたらしい芽がでるチャンスに

いっときは「もうあかん、これでオレの仕事人生もおわりや」と絶望の淵に追いやられた高田さんですが、先日の面接でこんなことを話しました。「うつになって、マイナスばっかりやなかったですね。家内といっしょに買い物にでたり映画みたりもできるし。息子の野球の試合も応援に行ってやれて。こんなに楽しいこと、今までしらんかったんやなって思いました」。こんどは家族みんなで家庭菜園をやりだしたそうです。そう語る高田さんの目はかがやいています。

「頑張ってた糸がぷっつんと切れたんですね。頑張ってたことは、決して悪いことではありません。『あー、これが僕の限界やったんやな』と気づいて、はじめて荷物をおろすことができます。これはあたらしい芽がでてくるチャンスでもあるんですよ」と、カウンセラーが話すと、高田さんはなんども深くうなづいていました。あと半年休職期間は残っていますが、予定よりはやく復職できそうなきざしがみえてきました。

症状を克服、良くなった姿

2019.04.17  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊一

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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