1.二年間のひきこもりから、高校受験にむかって頑張る舞子(17才)

できないことを親のせいにして

「もうあかん。できひんのや。あんたらの育て方が悪いからや」と、真美は母親にくってかかりました。中学三年生になったころ、たびたび真美は荒れていました。テストがあるたびに、おいてあったコップが飛んできたり、お皿が割れたり。「親の育て方が悪いからや」と、何回この言葉を聞いたかわかりません。母親が新聞をよんでいると「そんなことしてる場合とちがうやろ。子どもがしんどい思いしてるのに」と、責められました。

あるひのこと「舞子、ええかげんにせーよ。自分で頑張って取り組んだことがあるんか。親のせいばっかりにして。そんなえらそうなこと言うんやったら、一人で生活してみたらどうや」と、父親のカミナリがおちました。「お父さんは、私のことなんもわかってくれてへん」と、舞子は泣きながら自分の部屋へ逃げ込んでしまいました。それ以来父親をさけています。食事も一人で部屋で食べたり、お風呂にはいるのも父親が寝てから入ります。こんな状態ですから高校受験もうまくいくはずがありません。第一志望の高校を不合格になったころから、舞子は自室にこもってひきこもり状態になってしまいました。

「ひきこもり 家族」でインターネット検索してみると

母親は心配してなんどか学校に相談に行きました。近くのカウンセリングセンターにも通いました。それでも最後に言われることは、「お母さん、育て方まちがわはったんとちがいますか」でした。「親の育て方が悪い」と言われても、過ぎ去った時間を取り戻すことはできません。母親は「今、これから」どうしたらいいかのアドバイスをくれる所がほしいのです。インターネットで「ひきこもり 家族」と入力し、検索してみました。ずらずらっと出てきたなかから、「親御さんに対応のアドバイスをさしあげます。家族療法が中心のカウンセリングです」とある淀屋橋心理療法センターに出会いました。

親が実行できるアドバイスで、家族そろって夕食ができた

ご両親が来所されてから3ヶ月がたちました。どんなときに荒れるのか、どんなときに部屋に入ってしまってでてこないのか。カウンセラーはじっくりとご両親から話を聞きながらカウンセリングをすすめていきます。そして家へ帰ってから親が実行できるアドバイスをだします。お父さん、お母さん、カウンセラー3人の地道な努力が実を結び、舞子の荒れはほとんどみられなくなりました。母親からは、次のステップの要望がだされました。

母親の要望:夕食のときくらい、家族そろってテーブルをかこみたい

母親:先生、なんとか晩ご飯くらい舞子も家族といっしょに食べられるようにしたいんですけど。

カウンセラー:舞子さんは食べたそうにしておられるんですね。台所にちょっと出てきたりとか。なるほど。タイミングとしてはいいかも。(カウ=カウンセラー)

母親:はい、そうなんです。「舞子、いっしょに食べよう」と声をかけるとひっこんでしまって。でもまた顔をのぞかせたりしてますので。

カウンセラー:気持ちはあるけど、今までが今までだから、照れくさいとか。きっかけがつかめないんでしょうね。それじゃ、つぎに話すことをちょっとやってみてください。(・・・・)
今晩、お母さんだけで、お父さんはそばで聞き役をつとめていただきます。お母さんがピンチになられたら、お父さんの出番です。よろしいですか。

母親:わかりました。やってみます。一人で頑張ってみます。それであした朝、そのときの様子を電話でお知らせしたらいいんですね。なんかうまくいきそうな気がします。先生もお父さんもついててくださるかと思うと。

父親:そうや、私がうしろでついてるから、あせらんとやるんやで。

こうして何度かカウンセラーのアドバイスを守りながら、舞子を夕食のテーブルにひっぱりだす試みがなされました。「なんやねん、あんたら私といっしょにごはん食べたいんか。そない食べたかったら、食べてあげるわ」と、えらそうな口調でとうとう舞子が出てきました。妹も「きょうのごはんは、舞子ねえちゃんといっしょやね」と、うれしそうにしています。「ほれ、ようけ食べや。舞子の好きな海老フライやで」と、父親も調子をあわせて雰囲気をやわらげます。

母親から舞子を夕食にひっぱりだすことに成功したという報告が、一月たった面接でなされました。「妹も喜びましてね。それにお父さんが、変わってくれはりましたわ。舞子にたいして、やさしい物言いになって。なんや家族全員で舞子のこと、大事に思ってるんやなって実感できて私、涙でそうなくらいうれしかったです」と。

強気一点ばりだった舞子が弱音を吐いた

カウンセリングがスタートして一年がたちました。いまでは舞子は家族といっしょに食事をするだけでなく、テレビをみたり、話し合ったりもします。母親の手伝いもよくやるようになりました。ある日のこと、掃除機をかけていた舞子が大声で叫びながら母親のところに飛んできました。

舞子:お母さん、どないしよう。掃除機がお花のブローチ、すってしもた!

母親:えー、いったいなにごとやのん、大きな声だして。

舞子:麻子(妹)のブローチやねん。床におちてたんや。それ気づかずに掃除機あててしもた。

母親:えー、そうかいな。それえらいことやなー。

舞子:このなかに入ってしもたんや。私って、なんでこんなドジなんやろ。あー、どないしよう。

母親:おちついて、おちついて。掃除機のゴミ袋とりだして、中みてみたら。

舞子:あ、そうか。ゴミ袋、とりだせるんやったね。あー、よかった。

「私って、なんでこんなドジなんやろ」とか「あー、どないしよう」といった言葉は、舞子からいままで聞いたことがありませんでした。いつも自分はえらい、失敗なんかしない、かっこいい舞子ちゃんという振る舞いばっかりで。カウンセラーはこの話しを聞いて「そうですか。あのプライドの高い舞子さんが、こんなふうに弱音を吐くようになったんですね。肩の力がぬけて、これからはもっといろんな面で弱音やグチがでてくるかもしれませんね。自分の気持ちに無理をしなくなったら、ぐんぐん芽をだしてきますよ」とコメントを言いながら、両親にその時の受け答えのアドバイスを出しておきました。

「私、高校に行きたい」と、舞子から話しが

中学二年生でひきこもりになってしまった舞子です。順調に行っていれば、今高校一年生。そんな舞子からびっくりするような話しが出てきました。「お母さん、私、やっぱり高校へ行きたい。就職やったって、中卒と高卒ではぜんぜんちがうねんで。真理(友人)がな、『どこでもええから高校いっとき。今からでも遅くないで』ゆうて。私、真理の行ってるM高校受けてみたいんやけど」と、舞子が思い詰めたような顔で言います。「真理ちゃんの行ってるとこか。そら行けたらどんなにええやろな」と、受け答えをしておいたそうです。

その日から舞子の生活が変わりました。朝は8時に起きて高校受験のための勉強を、夜は塾に通います。その塾も私立M高校への合格を視野にいれたカリキュラムがくまれているそうです。「もうここしか私の高校受験を導いてくれるところはないんです」と、舞子は塾の先生に自分で交渉して途中入学させてもらったというのです。

「学校いかんようになって、自分だけ取り残されて、ほんまにつらかった。お父さんは恐いし、お母さんは泣きそうな目で私を見るし」と、舞子は話しだしました。塾に通うようになってからは、カウンセリングにも両親といっしょに参加しはじめたのです。「私、なんで前の学校、きらいやったかわかってきたわ。数学の先生が「わかりません」ゆうたら「前へでてこい」って立たせるんや。私、数学できひんかったから毎回立たされて。男の子らにからかわれて。そんでだんだん学校全体がきらいになってしもたんや」。舞子の話にお父さんもお母さんもいまではしっかりと耳をかたむけています。

「まあ、ほんとうにようしゃべるようになりました。「高校へはいるんや」っていう希望がでてきて、すごく機嫌はいいし、家のお手伝いもよくしてくれます」と、母親はうれしそうに舞子の様子を話しています。「そうですか。それはいいですね。自分で塾みつけて、交渉して、そして目標にむかって頑張るという姿。これが力の芽生えですね。大きな前進につながるでしょう」と、カウンセラーは言った。「いやー、なんでも親が悪いと親のせいにしていた舞子がここまでやれるとは、思ってもみませんでした。先生に導いていただいたおかげです。先生が私らの心を支えてくださったから、ここまでこれました。ありがとうございました」と、父親もほんとうにうれしそうに話していました。

症状を克服、良くなった姿

2019.04.17  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊一

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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