ストレス・シリーズ(4)職場でよくみられるストレス症状(パニック)

事例(1)チーフとしての責任感から部下と衝突を(陽子編集者27才)

陽子さんはファッション雑誌の編集部勤務。デザイナー関係の取材を担当するグループのチーフをしている。ささいなミスをめぐって部下と争いをおこしてしまった。それだけならいいが、上司からそれをとがめられた陽子さんは、理性心を失ったかのようにワーと叫びだしパニック状態になった。

イライラがこうじて部下と衝突に

「どうなさいました」というセラピストの問いかけに、陽子さんは次のように話し始めた。「はい、自分ではそれほどとは思わないんですけど。上司が『陽子君、このごろちょっとへんだよ』って。なんかちょっとしたことでイライラして、自分ではそれほどしつこく言っているつもりはなかったんですけど」。

はじめは小さなイライラから始まって、ミスをした部下をくどくど注意するようになった。ささいなミスだけに、そばで聞いている上司には聞きづらい感じだったという。それがある日とうとう部下の二人と真正面から衝突。「あんたたち、時間ばかりかけて、こんなものしかできないの。いったい何やってんのよ」と、大声でどなってしまった。部下たちも負けずに「チーフこそ文句ばっかり言って。ヒステリックで、そんなのチーフの資格ありません」と、やりかえした。

ついにヒステリックに部下にあたるような状態になって、「へんだよ、疲れてるんじゃないか。一度誰か信頼できる人に話しを聞いてもらってはどうかね」と、上司である課長にすすめらた。

信頼して話した課長に裏切られた

明くる日陽子さんは課長に呼ばれた。「よかったら僕に話してくれないか。少しでも話せば気持ちが楽になるだろうか」と、ニコニコして聞いてくれた。陽子さんは「二人の仕事への取り組み方が、どしても納得がいかなくて。言われたことしかしないし、つっこみが甘いし。注意すると二人でごしょごしょやってるんです。なんか腹がたって」と、現状を話した。「その様子は僕がみていてもわかるよ。陽子君の仕事への責任感には頭がさがる。目に余るようなら、僕からも注意しておこう。だけどそれだけかな。なんか他にあるんじゃないか。誰にも言わないから、言ってごらん」と。仕事とは関係ないと割り切っているつもりだったが、親切な語りかけに失恋のことをうちあけた。課長は親切に「つらかっただろう。だけど仕事に感情を持ち込まないようにしようね」と、言ってくれた。

ところが事態はその後におこった。信頼して話したつもりだったのに失恋の話が部長の耳に入っていたのだ。それだけではない。ニコニコと親身になって聞いてくれたと陽子さんは思いこんでいたのに、「あんな話しに三時間もつき合わされて」というようなことまで部長に言ったという。「そんな気持ちで聞いていたのか」と、腹が立つのを通り越して、人間不信に陥ってしまった。

遅刻が増えて、部長からお叱りを

その後陽子さんは誰も信じられなくなった。それだけでなく、仕事をしていても食事をしていても、誰かに見張られているんじゃないか、何か言っても誰かに告げ口されるんじゃないかと、いつもピリピリするようになってしまった。

その後一週間ほどしてから出勤する電車のなかで腹痛に見舞われ、トイレにかけ込んだ。最初は乗る前とか、降りてからだったのがだんだん切迫度を増し、一駅ごとにトイレに行かずにはおれない状態になった。当然会社には遅刻する。チーフとしての立場が危うくなり、とうとう部長さんから呼び出しがかかった。

「チーフとして部下を引っ張っていく立場にいる者が、ヒステリックにわけのわからないことを言ったりして、感情のコントロールができないようでは困る。その上この頃は遅刻の常習になってるそうじゃないか。一度自分の知っているカウンセリング・センターで相談にのってもらってはどうかね」と、言われた。

ストレスからくる心の不適応症状をほぐす

一通り話を聞いたセラピストは、陽子さんにこう説明した。「心のトラブルは、あなた一人のせいでおこるものではありません。周囲の人たちとの微妙な関係がストレスになり、パニック状態や出勤途中の下痢を引き起こしています。だから症状出している人だけを治療の対象にしても、治るのに時間がかかります。本来は職場環境の調整こそが必要なのですが・・」。自分だけが悪いのではないと言われ、陽子さんは心のなかでほっとした。久しぶりに味わう安堵感だった。

「職場の人間関係の改善は不可欠とは思いますが、それはまずおいといて。それにしても失恋はつらかったでしょう。部下二人との衝突で自制心を失ったことは、異常でもなんでもありません。それよりもこうした気持ちの整理の仕方をお話しましょう」。セラピストは、陽子さんにつらい気持ちとしっかり向き合う儀式、またそれに続いて信頼できる友人か家族とともに悲しむ悲しみの儀式などについて話しをした。悲しみは自然な感情で、抑制しているとへんな形で出ていくことがよくある。「儀式」という形式ばった考えのなかでのほうが、抑え続けていた感情はでやすくなる。

苦い経験を明日の力に

一週間後の面接。陽子さんはかなり落ち着いた様子であらわれた。最も親しい友人にいきさつを打ち明け、心ゆくまで泣いたという。「もうこれですんだ。これからはいい仕事をしようと割り切りました」。チーフの資格がないと突き上げてきた部下たちのことも、まっすぐに受け止められるようになった。裏切られたと思った課長へのわだかまりはそう簡単にとけないが、やがて解消されていくだろうという気持ちが湧いてきた。

「私は精神面で弱いところがあるから、だれか頼れる人が必要です」と、陽子さんは冷静に自分を分析してみせる。そして力強くこう言った。「この経験は一つのステップだったと思います。今後はできるだけ物事を前向きに考えて行くようにするつもりです」。

「職場のストレス・マネジメント」から。

この内容は、当センターから出版した「職場のストレス・マネジメント」(メディカ出版福田俊一、増井昌美著)を参照にし、さらに読みやすく加筆、補筆したものです。

2019.04.17  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊一

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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