5.「お母さん、目先のことにとらわれたらダメですよ」(まさ江 24才)

娘の激しいリストカット(自傷行為)に悩まされて

まさ江さんは、バーガーショップでフリーターとして働いています。仕事がシフト制で、朝早かったりお昼ごろ出勤したり。母親ともほとんど話し合う機会もないという状態でした。そんなおり、たまたま部屋に入った母親がごみ箱に山盛りになっている血の着いたティッシュを見つけました。ふとんや枕をはがしてみると、血のついたタオルやナイフもでてきました。あわてふためいてしまって、何をしていいかわからない母親でしたが、娘はふつうの感じで出勤しています。娘を問いつめるより様子を見ることを重視していると、ほとんど毎日のように切っているようです。

「どないしたらええんやろ」と、目先が真っ暗になるくらい心配で母親は悩んでいました。

へたに素人判断で動いてはいけない。まずは専門家のアドバイスを

母親は「へたに素人判断で動いてはあかん。専門家の先生とこで正しい診断とアドバイスをもらわなくては」と思い、さっそくインターネットで検索し、リストカット(自傷行為)のカウンセリング治療を行っている淀屋橋心理療法センターを見つけました。ホームページを読んで「まずは母親の私一人で行ってみよう。そのほうが、いい場合もあるようや」と、心を決めました。

カウンセラーは事情を聞いて「一度娘さんにカウンセリングを進めてみて下さい。もしいやだと言われるようなら無理強いされませんように。親御さんだけのカウンセリングで、立ち直るケースも多くありますので」と、説明しました。まさ江は母親からこの話しを聞いて「私、カウンセリング受けるほど、なんも悪うないで」と言ったので、母親だけでスタートすることになりました。

リストカットを発見したときのようすや、まさ江の日常生活、職場での悩みなどないか、母親との雑談などを細かく伝えます。カウンセラーは耳を傾け、適切で具体的なアドバイスをだしていきます。母親はアドバイスを一生懸命守って、熱心に通いました。

2ヶ月後、良い変化がどんどん報告されて

母親がカウンセリングに通うようになって2ヶ月がたちました。

まさ江は、仕事から帰ってもほとんど部屋からでてこず、食事も一人で食べていました。仕事がシフト制で、朝早かったりお昼ごろでかけたり。母親とも話し合う機会もないという状態でした。それがアドバイスを守って、コツコツと努力を積み重ねているうちに、少しづつ小さいけれど、生活面で良い変化がでてきました。

「先生、まさ江がね、このごろ夕飯をいっしょに食べるようになってますねん」

「職場の話しもぽつぽつと、してくれます」

「食事の支度もこのごろは、自分からしてくれるようになりました」

少しづつ母親とまさ江のふれあいが増えてきたようです。母親も「やっと娘のことが分かるようになって、安心ですわ。このごろは職場のいややったことも、ときどき話してくれるようになりました」と、うれしそうです。そしてなんといっても一番安心できる変化は、「イライラが減って、リストカット(自傷行為)の回数がグーンと減ってきました」と言うことではないでしょうか。カウンセラーにとっても、それはうれしい変化でした。

ヒヤヒヤするような思い詰めた時期をようやく脱することができて、母親はホッとしていました。

「先生、大変です。また切ったみたいなんです」

母親が青い顔をして駆け込んできました。まさ江の部屋に少しですが、血の着いたティッシュがごみ箱に捨てられていたというのです。「先生、まだまだ良くなってないんですね。親としていったいどないしたらいいんですやろ」と、目に涙を浮かべています。

まさ江の状態が良くなって、「私、また陶芸教室はじめてもええですやろか」と、笑顔で聞いてこられたりしていた矢先の出来事でした。「私の対応に、ゆるみがでたんとちがいますやろか」と、母親は自分を責めたり反省したり。「お母さん、落ち着いてください。以前はもっと激しいリストカットだったのに、そんなに動転しておられませんでしたよ。状況をもっとくわしくお話しください。ご一緒によーくみていきましょう」と、カウンセラーは母親にゆっくりと語りかけました。

「お母さん、目先のことにとらわれたらダメですよ」

「うん、うん、なるほど。いろんな所で小さいけれど良い芽がでていますね。カーッと怒っても、気持ちの切り替えが早くなっているし。バイト先のこともお母さんに、よう話しておられますし」。このようにカウンセラーは母親の書き留めてきた情報をもとに、ポイントをおさえていきます。

「お母さん、だいじょうぶですよ。大筋では良くなってきておられます。目先のことにとらわれず、コツコツとやることを積み上げていったらだいじょうぶです。そのためのアドバイスだと思ってください」。お母さんは「はい、わかりました。えらい取り乱してすみません。先生のお話しを聞いて安心しました。また頑張りますので、よろしくお願いします」と、ホッとした表情で帰っていきました。

リストカット(自傷行為)が、いつのまにかなくなって

それから一月、母親はカウンセラーのアドバイスどおり、落ち着いて対応しました。まさ江の話にもよく耳を傾けて。そのなかからまさ江が「フリーターから正社員にどうか」という話しを受けていたことがわかりました。「私ね、フリーターのままのほうがええねん。自由で、気楽で。ええやろ、おかあさん」と、自然な感じで話してきました。「うん、そうやね、まさ江のいいほうでいいんとちがう」と、母親も肩の力をぬいて答えます。

まさ江は自分のやりたいようにやると決めて、3ヶ月がたちました。リストカット(自傷行為)は、気がついたらいつのまにかしなくなっていた、という報告が母親からでてきました。

2019.04.17  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊一

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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