4.太った自分を見られるのがいや:「学校に行けなくなってしまった。受験が近づいてきたのにどうするの!」(美砂 中三 過食症歴一年半)

更新日:2012.03.12

美砂さんは中学二年生の6月ごろに過食症を発症しました。それでも頑張って登校を続けていたのですが半年ほどして学校に行けなくなり、三年生になっても行けていません。

「太った体で三者面談なんて行くのいや」

三年生になってから高校受験のためなにかと学校からのお知らせが届きます。美砂さんは不登校を続けていましたが勉強は好きで、○○高校に入りたいという希望を持っていました。そしていよいよ志望高校を定めて親、担任の先生、本人が顔をあわせて話し合う三者面談の日が近づいてきました。「年数回ある模試も受けて・・」と、美砂さんが登校しないといけないお知らせが次々と入ってきます。美砂さんは「私みたいに太った者が学校へ行ったら、みんな好奇の目でみるにちがいない」と思うと、右にも左にも動けない気持ちでいっぱいになります。

学校からのお知らせを読むと『・・高校進学のための「第一回三者面談」をおこないます。保護者と本人そろっておいでください。また受験のための「模試試験」がその一週間前に行われます。それを受けていただき、その成績により志望校の見当をつけたいと思います。・・』という内容でした。

このお知らせをお母さんから渡されたとき、美砂さんはどうしていいかわからず顔を伏せたままじーとしていました。「どうするの、返事をださないといけないのよ」と、お母さんもあせった気持ちでいっぱいです。「はっきりしないと困るじゃない、返事ださないと」と追い詰めたみたいに言うと、美砂さんはとうとう泣き出してしまいました。そこで不登校になってから相談にのってもらっている淀屋橋心理療法センターのカウンセリングを受けることにしました。

「太ったって言われると、死にたくなるんや」

(カウ=カウンセラー)

カウ:高校受験が近づいてきてるんですね。気持ちがしんどいんとちがう?

美砂:うん、だって一年も学校行ってないもん。

カウ:そうか。それなのに行きたい高校の話しをしにきてくださいっていうお知らせがきたんですね。

美砂:はい・・・夏休みあけて一度学校へ行ってみたけど、勉強がついていけなくて。

カウ:勉強だけやないでしょう、美砂さんみたいにできる人が。他に何かつらいことあったんとちがうかな?

美砂:うーん、つらいことっていったら・・・あのこと。あのこと思い出したら、死にたくなる。だから学校には行きたくない。

母親:学校でそんなつらいことがあったの?なんやそれって。先生に聞いてもらったらどう?

美砂:うん・・・私、過食症になってからすごい食べるようになって太ってきたんや。太った自分をみられるのがいやでいやで。そんでも頑張って学校行ってた。そしたらね、男の子らが私のほうを見て笑ってるんや。「おーい、風船わりしようぜ」って声かけて。紙を小さく丸めてわたしに向かって投げつけてきたんや。本気やないから痛くなかったけど、すごい悲しかった。それ以来みんなが私のほうをみて笑ってるような気がして。つらいんや、学校よういかん。

母親も美砂の話しを聞いて「そんなつらいことがあったんか。お母さんなにも知らないで美砂のこと追い詰めたりしてごめんね」と、涙ぐんでいました。

「つらい気持ちを話せたのは、すごい進歩ですよ」

こないだまで学校の話しをすると何も言わず泣いてばかりいるか、物を投げたりして暴れるかしかできなかった美砂さんです。それがカウンセリングを受けて、自分のつらかった気持ちをカウンセラーとお母さんに話すことができるようになりました。カウンセラーは「美砂さん、学校でつらかったことも今の気持ちも、きちんと言葉で話せることができましたね。勇気がいったでしょう。よく話してくれました。ありがとう」と伝えました。そしてさらに言葉を続けて「つらいとか腹がたつとかそんな気持ちを言葉で話すことは、過食症の人にとってとても難しいことなんです。美砂さんはそれができたんですから、すごい進歩ですよ。これからはできるだけ話しやすい人に、そんなつらい悲しい気持ちを話すようにしましょう」とアドバイスしました。

過食症の人は、わかっていても動き出せない葛藤にとらわれている

過食症の人は「食べたい、やせたい、死にたい」、これの繰り返しにとらわれています。現実に直面した問題から「逃げたらあかん」とわかっていても、自分ではどうすることもできません。そんな状態のときに親御さんや先生から「どうするの、今動かないともうチャンスはないよ」と言われると、よけい葛藤がひどくなり食べたくなって動けなくなります。

美砂さんも二年生になったころ一番行きたい高校のレベルが高く、ムリかもとは自分でわかっていました。それでも「ダメでもいいから、私は受けるんや」と頑張っていたのですが、そのとき受けた実力考査が悪くて。落ち込んで呆然としているところへ、スーッと入り込んできたのが過食症だったようです。それ以来やせたい気持ちと食べたい気持ちのあいだで苦しんでいます。

「お母さんごめんね、三者面談がんばって行きます」

カウンセリングから家に帰ってきたその翌日、台所に次のようなメモがおいてありました。

『お母さん、ごめんね。すごく苦労して私に接してくれてるんやね。だから私も頑張って三者面談行けるようにします。カウンセリングを受けて元気がでてきました。つらい気持ちこれからは少しづつお母さんに話していこうと思います。過食嘔吐も治さなくっちゃって思います。また過食が抑えられなくて食べてしまって絶望感におちいったとしても、あきらめずに立ち直っていこうと頑張るからね。お母さん、私を見捨てないで!』

美砂さんはなんとか立ち直って三者面談をうける気持ちになったようです。「私は太っている」と思いこんでいる過食症の人が、以前のほっそりした自分を知っている人たちの前に出ることはほんとうに勇気のいることです。しかし高校進学の三者面談や実力考査がきっかけになって、登校できだしたという生徒もいます。カウンセリングで元気をもらった美砂さんは、志望校をめざして再び頑張ろうと言う意欲を燃やし始めました。

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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