立ち直りのきっかけは、すぐそばにある

ほんのちょとした良いことが積み重なって、大きな力に

失業率は5%を越えて、最悪の日本経済で・・・読むのも気が滅入る新聞記事の第一面である。こんな状況でもめげずにいろんな企業に応募している男性(森さん仮名、45才)がいる。森さんが家族にともなわれて来所したのは約一年前。リストらの対象となり職を失ってパニック障害におちいった。すったもんだの末にようやく来所を承諾したようだ。

電気器機メーカーの営業マンとして一筋に働いてきた。それなりに実績もあげ、得意先での評判もよかった。部下の指導も落ち度があったとは思えない。上司への根回しだってーー。どれをとってみても自分がリストラにあうとは夢にも思っていなかった。誠実でまじめ一筋、一生懸命会社ために働いてきたこの俺が、なんで首にならんとあかんのや。納得のいかない森さんは、そのご憤懣やるかたない日々をすごしてきた。

カウンセリングをスタートしたころの様子が思い出される。妻と両親のあいだで、食ってかかるような口調で話す森さん。「あいつが悪いんや。あいつが俺のこと悪くゆうたんや」「俺のどこがいかんかったんや。書類の数字がまちごーとっただけやないか」。かと思うと「もうあかんわ。俺、値打ちないねんな。死んだほうがましや」「だるーて、しんどうて。なんもやる気ないわ」といった絶望発言がでる。感情のアップダウンが激しく目を離せない状態であった。

今、目の前で力強い声で話す森さんはほんの一年前の彼と同一人物とはとても思えない。一回一回のカウンセリングで、森さんの混乱した言い分を受け止めてきた。そして本人が納得いくまで話し合った。具体的で小さなアドバイスを積み重ねてきた。その成果が実を結び、しっかりと立ち直ってきたのだ。そのきっかけはなんだったんだろう。一年にわたるカウンセリングを経て、彼は自信をもってこう話せるようになった。ちょっと彼の話しに耳を傾けてみよう。

「ほんのちょっとした良いこと、その積み重ねを力にしていけるかいけんかやね」。小さな良いこととは?「生活の中でもようけあります。子どもが運動会で一等になったとか。妻が『おばあちゃん元気になったって電話くれはったわ』と、ゆうたこととか。庭に種まいてた矢車草が咲き始めたとか。こんなことでも、自分にとって『あー、ええこといっぱいあるやん。がんばろう』って思えるんや。まず大事なんは、それらを『小さくても良いことだと気づく自分』がいることやね。その自分がおらへんかったら、どんなこともキャッチできひんでしょう。これがまずカウンセリングのなかで気づいた大事なことの一つやな」。

「おーい、矢車草咲き出したぞ」ゆうて、祐子(妻)に声かけたら、飛んできて「やーほんま、きれいやね」ゆうて。むちゃ幸せ感じたな。以前会社人間やったころ、仕事で充実してるような気はしてたけど、こんな幸せ感じたことはなかったな。祐子との間も最近ほんまに本音で話し合えるようになってきたし。

一つええことがあったら、二つ目も三つ目もええことおこるんやなって信じられるようになてきた。社会の方に目を向けても、以前やったら恨み辛みをぶちまけるか、くらーい気もちになって落ち込むかやった。けどこのごろは今まで自分が押し殺してきたもんや、潰されてきたもんや、壊されてきたもん、全てが一つになって原動力に変わっていく自分を感じてるんです。えらそうなことはまだ言えへんけど、僕みたいになって悩んでいる人らに言いたい。「落ち込んでても負けたらあかん。あきらめたらあかん。かならず転換期がやってくる。それがいつかはその人によって違うけど。そのきっかけは自分の周りに起こる小さな良いことに気づいて、それを一つ一つ積み重ねていくことや。いつかきっと大きな力になってることに気づくやろ」。

2019.04.17  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊一

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

シリーズ記事

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