事例 40代半ばの中間管理職、牧田氏の「昇進うつ」-その(1)

「うつ」というと、なにか心にグサッとくるような事があったとか、頑張ったのに結果が良くなかったとか、いやなことがあって「落ち込みから抜け出せない」という心の状態をさすように思いがちである。しかし反対にうれしいことでもうつにつながることもある。たとえば「職場での昇進」「結婚」「新居の完成」など。

ここで紹介する牧田氏も、同期入社仲間のトップをきって課長に昇進した。うれしいはずの「昇進」が、なぜ「うつ」に陥ってしまったのか。家族療法の視点から、心配する家族(妻)へのアドバイスを中心にお話ししよう。

「夫の風邪が治らないんですけど、心の病気では?」と妻から電話

妻:あのー、主人のことなんですけど。心配なことがありまして。よろしいでしょうか?

電話受付 : はい、どういったご相談でしょうか?

妻:風邪をひきまして。それももう二カ月もまえのことで。咳とかはないし、治ったと思ってたんですけど。(ハーッとため息がもれる) 夜「しんどい、疲れた」って言うわりには、寝付きが悪くて。それに朝、ベッドから起きあがるのがしんどそうで。腰が痛いとか、肱が痛いとか言って。微熱がなかなかすっきりしなくて・・・(だんだん小さな声に)

電話受付 : そうですか。どこかお医者さんでみていただかれましたか?

妻:はい、行きつけの内科で・・・「風邪はもう治ってます。仕事の疲労がたまってるんでしょう」って。薬をもらってのみづつけてるんですけど、いっこうに良くならないんです。それで私、心配になって。ひょっとして心の病気のほうじゃないかと。もう心配で、心配で。(ハーッ)

電話受付 : わかりました。こちらは家族療法ですので、ご家族の方にたいしてどう対応をすればいいかというアドバイスを中心にお出しします。

妻:それ、それ、それをぜひ教えていただきたいんです。お医者さんは、本人だけでしょう。私、どうしたらいいか、わからなくて。ビタミン剤、買ってくることくらいしか思いつかないものですから。助かります。よろしくお願いします。

事例 40代半ばの中間管理職、牧田氏の「昇進うつ」。

こうして牧田氏と妻の瑛子さんは、予約日に二人で来所することが決まった。「内科医院でだされている薬を二カ月のみつづけたが、なかなか良くならない。できたら薬でなくカウンセリングで治したい」という牧田氏と妻の希望が一致したということであった。

夫の昇進に、妻も子どもも大喜び

牧田氏の話をじっくりと聞いていくと、どうやらきっかけは4月の人事異動で新しい部署の課長に昇進したことのようだ。新しい任務への頑張りが空回りしたり、周囲の人たちになじめなかったり、随所につまづきの状況がうかびあがってきた。「昇進うつ」のようだと、カウンセラーは判断した。家族、ここでは妻だが、家での対応はどんなようすだったんだろう。妻にしっかりとグチなど話せていたのだろうか。またそれを聞いた妻はどう受け答えしていたのだろう。ここらあたりは、とても大切なポイントである。

同期入社の連中より一年早い昇進、しかも部下もいままでより3人も増えて。「一刻もはやく家に帰って、妻や子どもたちに知らせたい、喜ぶ顔がみたい」と、牧田氏は胸をふくらませて帰路を急いだ。以下は家族との会話である。

妻:まあ、よかったわね。パパおめでとう。すごいじゃない。同期の人たちのトップを走ってるなんて。

牧田氏:いやー、僕もおどろいたよ。よくできる中田をさしおいてなー。この僕がお先にって感じで。

妻:これで私も課長夫人になれるのね。なんかうきうきよ。パパ、えらくなったのよ。あんたたちもパパをみならって、勉強がんばるのよ。(寄ってきた子どもたちにもこう告げた)

子(小1):ふーん、パパえらくなったの。課長ってどのくらいえらいの、社長の次くらい?ねー、腕ずもうしようよ。(父親の腕にぶら下がりながらうれしそうだ)

子(小5):パパ、僕の野球、相手してくれるよね。日曜日、試合見に来てくれるよね。約束だよ。

牧田氏:だいじょうぶ、だいじょうぶ。少年野球はパパも役員してるからな、手をぬけないんだ。パパ、頑張るぞー。仕事も家庭も野球も。心配するなよ

少年野球をやっている兄は、うれしい反面心配そうに念押しをした。「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と、笑顔で答えた牧田氏であった。

課長に昇進したのはうれしいが

しかし船出はそう簡単ではなかった。いままでは営業企画課で、どちらかというと社内での仕事が中心。ところが今は営業第一課の課長である。いわば会社の出世コースナンバーワンのポジションである。社外にむけて陣頭指揮をしなくてはならない。部下も5人だったのが、今は8人。どうも勝手がちがう。やる気がからまわりしがちの毎日となった。

三ヶ月たったころ、部下たちのあいだに新課長の勤務評価なるものが、ひそひそとささやかれるようになった。「なー、牧田課長って、ほんとうに有能なんか。ちょっとちがうよな」「決済の判子もらわないといけないのに、遅いんだよな」「企画で頭使ってやる仕事だったら、あれでいいんだろうけど、ここは営業一課なんだ。とっさの判断、対応をしてもらわないと」。牧田氏の眉間にはしわができる日が増えていった。ある日決定的なできごとが上得意のK商事をめぐっておこった。

「課長、K商事からクレイムです。納品がまだかって。約束の日を三日もすぎてるのにって。かんかんに怒っておられます」。「え、三日も遅れてる?担当は野崎か。野崎、すぐにK商事へ飛んでいってこい」と指示をだす。牧田氏はとっさの判断、指示ができたと、自分ではホッとしていた。しかしこれが大間違いのきっかけだった。上得意からクレイムがはいった場合は、なにをさしおいても担当者をつれて課長みずからがかけつけなくてはならないという暗黙のルールがあったのだ。その対応を誤った牧田氏はその後会議で上司から厳しく追及されることとなった。

家でのようすを面接室で再現

「よくわかりました。新課長としていろんな行き詰まりを感じてこられたわけですね。社内では部下の人たちとのコミュニケーションに、社外では得意先への対応に。なるほど。それでですね、そういったできごとを、おうちに帰ってから奥さんに話されましたか?」「はい、わりと家内には以前から会社のことなんかは話すほうですから」。「それはいいですね。それでは今からここで、おうちで話された様子を再現してみてください。私はすみのほうで聞かせてもらってますから」と、カウンセラーは部屋のすみに、椅子を移動させた。

夫と妻の会話が、面接室で

1.朝、女子社員がお茶を入れてくれない

夫:えーと、はじめはそんなに大変なことではなかったね。お茶がどうのこうのってくらいで。

妻:そうそう。女子社員の人がお茶をいれてくれないとか。ずいぶん気にして。

夫:いや、前の課では、僕がすわると、さっとお茶がでてたもんでな。こんどの課はお茶は自分で入れるってルールなんだって。そんなこと誰も言ってくれなかったんで、わからなかったんだ。

妻:そうでしょ。「気にしすぎよ」って、私、言ってるのに。気にしすぎなの、あなたは。

夫:うん、そうかもしれないな。ささいなこと、気にしすぎなんかもな。

2.「飲みにいかないか」のさそいに、誰もついてこなくて

夫:からまわりしてる感じがするって話したよな。仕事おわって「おーい、みんな、飲みににいこうか?」って、声かけたけど、なんかしらっとして。誰もついてこないんだよな。僕、みんなに嫌われてるのかなって、思った。

妻:しょんぼりして帰ってくるからなにがあったのかって、心配したわよ。話し聞いて、「なーんだ。そんなことなの。いまどきの若い社員さんたちによくあることじゃない」って。「帰りたいのよ。仕事終わったらさっさっと。あなたの若いときとは、時代がちがうのよ」って、言ったような気がするけど。

3.「このごろ会議で集中できないんだ」と言ったら

夫:ついこないだのことだけど「僕、会議で集中できない」って話したよね。

妻:うん、そうだったわね。

夫:どの議題がでても「僕は仕事ができない、だめだなー」って気がして。こんな気弱になったのははじめてだ。何をやっても、ダメな気がして。気分がゆううつでしかたない。坂田部長が「牧田君、あせってるよ。リラックスして。まだまだこれからだから」って、励ましてくれるんだ。

妻:ほら、みて。そうでしょう。あなたは仕事のできる人なのよ。今自信をなくしてるだけ。ちょっとしたことでがくっときて、あなたらしくないわ。がんばればなんとかなるわよ。

夫:うん、そうだね。がんばってみるよ。

事例 40代半ばの中間管理職、牧田氏の「昇進うつ」。

二人の会話を聞いていたカウンセラーは、要点を書き留めた用紙をもって席にもどった。「はい、お疲れさまでした。わかりました。なるほどこういった会話をおうちでされているんですね。いくつかのだいじなポイントがみえてきました。アドバイスをまとめたいと思います。ここでいったん休憩して5分後にまた面接を再開しましょう」。こう言ってカウンセラーは、面接室をあとにした。

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