2.生活の記録から見えてきた改善のてがかり

家族療法による治療がスタートした

「先生、読んでください。できるだけ息子にわからんように書いてきました」と、母親はつけてきた生活の記録をさしだした。どんな内容なのか、少しここに抜粋してみよう。

(*抜粋ですが、特定できないように変えてあります)

[1]夕飯どきの会話

母親:ごはんできたよ。下りておいで。

孝夫:・・・・・・

母親:(ガラッと孝夫の部屋の戸をあける)なんや、寝とかんとおもうたわ。起きとんやったら返事くらいしてーな。ごはんやで。

孝夫:(怒ったような顔つきで)ほっといてくれ。

母親:なにゆうとんや。あんたの好きな天ぷらつくったんやで。海老の天ぷらや。それにまたラーメンですませるつもりかいな。ええかげんにしてや。栄養のないもんばっかり食べてどないすんねん。しまいに病気になるで。

孝夫:うるさいな。ほっといてくれ、ゆうてるやろ。

母親:ほっとけるかいな、大事な息子のこと。あとでいいから下りておいでや。

孝夫:・・・・・・

カウンセラーは、生活記録を読んで母親にこうたずねた。以下はカウンセラーと母親のやりとりである。

カウンセラー:だいたいこんな感じですか、息子さんとの会話は。ほとんど会話をひっぱっていきながら、息子さんはいやいや答えてるって感じがしますが。

母親:そうですねん。ほんまにいやになります。親は一生懸命あの子のこと思うて、気つこうてますのに。

カウンセラー:お気持ちはわかります。でもこの調子では息子さんは、話しにくいでしょうね。お母さんが初めから終わりまで会話をリードされてますでしょう。先へ先へ行かれてます。

母親:そんでないと、あの子話しませんがな。だまったままですねん。

カウンセラー:なるほどそうですか。一番いい形は、息子さんが話して、お母さんが後をついていくという形なんですが。そんな部分はありませんか?さがしてみてください。

母親:えー、そんなとこありますかなー。(記録をパラパラとめくってさがす)ありませんなー。そんでもそれがなにか関係あるんですか?

カウンセラー:おおありです。会話で小さな主導権がとれてるかどうか、これが改善の第一歩ですから。お母さん、次回までにお母さんの話される会話の量を半分に減らしてみてください。意識して受け答えを短く。できるだけ息子さんから話が出るまで待つという気持ちで。

母親:えー、あの子からなんか言い出すことなんかありますやろか。

カウンセラー:よろしいですか。これは大変重要な課題ですよ。気合いいれてやってみてください。けっこうしんどいんですよ、待つというのが。一回やってみてください。息子さんに変化がでるか見たいんです。

母親の課題実行から手がかりが見つかる

治療面接を開始して三ヶ月がたった。生活の記録もこまめにつけられ、それにもとづいてカウンセラーのアドバイスが重ねられた。「待つって、しんどいですね。もうガマンできません」と、ぼやいていた母親も三ヶ月もたつとだいぶ慣れてきたようだ。記録に見えてきた改善の手がかりを抜粋して紹介しよう。

(*生活の記録から抜粋。特定できないよう変えてあります)

[2]朝、起きてきてからの会話

孝夫:歯、いたいんや。

母親:え、そらいかんな。

孝夫:診察券どこや?

母親:診察券なー。えーっと。

孝夫:台所の引き出しにしもてたんとちがうんか。

母親:あ、そうや。あった、あった。あんたようおぼえてたな。

孝夫:・・・・・

母親:・・・・・(待つ)

孝夫:バスの時間、おしえて。

母親:はいはい、バスの時間やね。

この記録を読んでから、カウンセラーは母親に次のように話しはじめた。

カウンセラー:お母さん、がんばりましたね。いい形になってきましたよ。

母親:そうですか。これでえんですね。やれやれ、ほっとしましたわ。それにやっと歯医者に行く気になってくれて。前からなんぼゆうても行こうとせんかったんです。

カウンセラー:なんでいいか、おわかりですか?息子さんが、会話をリードしてはりますでしょ。お母さんが答えながら、後をついていっている。そうなってますでしょ。話題もお母さんからだされたんでなくて、息子さんから出てますね。こんな時がチャンスです。

母親:はー、そう言われますとそうですね。

カウンセラー:こうして三ヶ月にわたって記録をつけてもらいましたが、このなかから一つの手がかりが見つかりました。それは息子さんはふだんあまり話されなくても、自分に必要な時は、必ず本人から話しかけてくるということです。これがわかれば、息子さんのひきこもりも親子の会話がなくても、慌てることはありません。あせらずに待っていて、なにかゆうてこられたときに、しっかりと聞き役にまわって、どんどん話が出てくるような対応を親がとってあげればいいということになります。

母親:はー、ほんまにそれだけで孝夫のひきこもりは、よくなるんでしょうか?

カウンセラー:だいじょうぶ。これからですよ。息子さんが話される量が増えてくるでしょうし、また部屋から出てこられる回数も多くなると思います。これから先の三ヶ月をしっかりとみといてください。

生活の記録から見えてきた改善のてがかり。

たしかに孝夫は、ほとんどしゃべらないが、自分に必要な時だけは必ず話しかけてきている。急に大きな変化は期待できないが、着実に会話の量は増えている。母親の対応も、先走りが減ってきたし、しっかりと孝夫の語りかけに耳を傾けている。父親はそんな変化をきちんと評価するという役割を果たして、母親があきらめて元の自分に戻ってしまうのを防いでいる。カウンセラー、父親、母親と三者の歯車がようやくかみ合いだした。

孝夫が引きこもるよになったきっかけなどについても両親と話しあった。大学に入ったとたん、無気力になったようになにもしなくなり、父親が一言がーんと雷をおとした。「なんや孝夫、大学ゆうとこはなんもせんでええとことちがうんや。勉強しにいくとこやないか。それにおまえは授業もでんと、昼ごろ起きてきて。親は高い授業料はろとんやで。よう考えて授業くらいちゃんと出んか」と、言ったことがきっかけらしい。

家族療法では、過去のできごとは参考にはするが、それを取り上げて問題にするということは少ない。それよりも今、どうしているか、親たちとどう関わっているかに焦点をあてていく。そのほうが具体的に親も取り組みやすいし、治療効果の手応えを感じとることができる。父親は「いやー、私がゆうたことで、あの子がこないなったんかと気が重かったんですわ。そやけど先生から責める言葉もないし『今を頑張りましょう』ゆうてもろて、ホッとしました」と、話した。両親のやる気は、ますます強くなってきた。

2019.04.17  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊一

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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