
この記事は、実際にカウンセリングで不登校が改善されたご家族の実話をもとに、お母さんの視点から再現した物語になっています。
「食事中はイヤフォンを取りなさい」
夫がそう言った瞬間、ガタン、と椅子を引く乾いた音が響いた。
まさおは何も言わず立ち上がり、そのまま自分の部屋へ向かう。バタン、とドアが閉まる音だけが残った。
「何回言ったらわかるんや…」夫の表情が険しくなる。
「まさお、せめて食べてからにしなさい」と呼びかけても、返事はない。
食卓には、冷めかけた食事と、重苦しい空気だけが残った。

中学2年生のまさお君(仮名)は、不登校になって4年目になります。
マイペースで優しく、電車の写真を撮るのが好きな子です。けれどその一方で、不安が強く、人に気を遣いすぎてしまうところがありました。
「わからないことを周りに聞くのが恥ずかしい…」
「こんなことを聞いたら迷惑やろ」

学校という集団生活の中で、まさお君は自分の気持ちをうまく言葉にすることができません。やがて、教室に入ろうとすると体が固まるようになり、少しずつ学校から足が遠のいていきました。
不登校のお子さんには、まさお君のように片時もイヤフォンを外さない子が多く見られます。親御さんには「拒絶」に見えるその行動も、本人にとっては自分を守るための「心の盾」になっていることも少なくありません。
そんなまさお君が、なぜ再びイヤフォンを外し、前を向けるようになったのでしょうか。
目次
不登校に悩んでいた日々

小学校から徐々に学校に行けなくなったあの頃、何をしてもうまくいきませんでした。
「どうして学校に行きたくないの」と聞いても原因が分からない。このままずっと不登校だったらどうしよう…と焦るあまり、私はイライラして「とりあえず行ってみたら」と、追い詰めるような言葉を投げかけていました。

まさおはいつも家でイヤフォンをつけていました。
声をかけても会話は続かない。心配で、何か言わなきゃと思うほどまさおは「1人になりたい」と、余計に心を閉ざしてしまう。
「どう声をかけたらいいのか」
「どうしてあげるのが正解なんだろう」
そんなことばかりぐるぐると考えていました。

中学生になり勉強が遅れていくのが心配で、家庭教師をお願いしました。
けれど、まさおは家庭教師にも心を開けず、心の準備ができないまま、帰ってもらうこともありました。
そのたびに、まさおは言います。「お母さんから断って」
不安症で対人緊張が強いので、自分で伝えることは難しかった。

スクールカウンセラーの先生には「本人の意思を大切にしましょう」と言われましたが、正直「放っておくしかない」と言われているようで不安でした。
夫も仕事が忙しく、家に帰ってくるのが遅いので相談できる雰囲気ではない。
何も現状を変えられないまま時間だけが過ぎていきました。
「このままじゃまずい、何かヒントがほしい」そう思い、地域の不登校講演会に参加しました。
淀屋橋心理療法センターとの出会い
講演会で紹介されたのが淀屋橋心理療法センターでした。
さっそくホームページで調べたところ、子ども本人を連れて行かなくていいことや、子どもの「生きる力」を根本から育む方針に惹かれました。
なぜなら、まさおはマイペースな一方こだわりが強く、一時的に不登校がよくなってもまた元に戻ってしまうのではないか。そんな不安があったからです。

「ここなら、何か変わるかもしれない」
確信はありません。夫を説得し、次の日センターに予約を入れました。
はじめてのカウンセリングで
初回のカウンセリングで、カウンセラーの先生が私たちの現状をくわしく聞いて下さいました。
「つい、うちは親の方が話し過ぎてしまうんです」
夫がそう打ち明けたとき、先生は、じっと夫の目を見て仰いました。
「お父さん、まさお君が何か言うとき、『それは違う』と突っ込んで意見してしまうことはありませんか?」

夫は一瞬、戸惑ったような顔をしました。
「…それは、あるかもしれません。親として、正しい考え方を教えてやらなければ…という思いはありますから」
夫にとって、間違いを指摘し、正しい道を示すのは当然の「教育」であり、息子への愛情でした。だからこそ、まさおが少しでもズレたことを口にすると、無意識に口調が強くなり、正論で塗り替えてしまっていたのです。
先生は、私たちの悩みをひと通り聞いたあと、少し間を置いてからこう仰いました。
「お父さんお母さん、まずは、まさお君の話しに耳を傾け、水を差さないであげてください」

(…それだけで変わるの?)正直、半信半疑でした。
しかし先生は、まさおの性格分析をした上で、私たちの家庭に合わせた具体的なアドバイスを提示してくださいました。
カウンセリングの終わりに先生は言いました。
「お子さんの持ち味を活かすように、親子の会話を整えていけば、お子さんはやがて自分の力で歩き出します」
その言葉の真意はまだ分かりませんでしたが、暗闇の中で唯一見えた光のような気がして、私たちはとにかくやってみることに決めたのです。
関わり方を変え始めた1か月
その日から、私たちは関わり方を変えました。私は、できるだけ話しすぎないようにして、今までよりもまさおが話しやすいように工夫しました。
「へぇ、そうなんだ」
つい意見を言ってしまいそうになるのを我慢して、とにかく水を差さない。「話し過ぎない」という関わりは、思っていた以上に難しい。

夫はまさおを正す言い方を変えようとしていました。
「それは違うやろ」
「ちゃんとせなあかん」
そう言いそうになるのを、必死でこらえていました。
「まずは受け止める」
先生に言われた言葉を思い出しながら、夫婦で実践していきました。
カウンセリングから2か月|受け止めることの難しさ
少しずつ関わり方を変えていきましたが、正直、すぐに現実が変わるわけではありません。
2か月目のカウンセリング。夫は険しい表情で先生に言いました。
「先生、なんにも変わりません」

ピリついた空気が部屋に流れます。
私も重苦しい気持ちを抱えながら、今の悩みを打ち明けました。
「まさおが、夜中になってから宿題を始めるのが気になるんです。寝る直前になって急に机に向かう姿を見ていると、生活リズムが崩れるのが心配で…。つい『もっと早くからできないの?』と言いたくなります」

そんな私たちの話を聞いたあと、先生は静かに仰いました。
「彼の性格を考えたとき、今の段階では彼のペースを尊重してあげるほうがいいですね」
先生の言葉に、夫は納得いかないといった様子で、深く椅子に寄りかかりました。
(このままのやり方でいいのか)
(ただ、甘やかしているだけにならないか)
そんな不安が私の頭にもよぎります。
実際、不登校は改善していない。相変わらず耳にはイヤフォン。何かが特別変わっている実感なんて、どこにもありません。むしろ、何も変わっていないようにも感じる。
(このまま続けていて、本当に意味があるのだろうか)
霧の中を歩いているような不安が、私たちの心の中で少しずつ大きくなっていきました。
カウンセリングから4か月|登校が最終目的ではないと言われて

「…なんにも変わりませんわ」
夫は無表情で腕を組み、低い声で言いました。
言われた通りに接し、関わり方も変えた。それなのに、息子はまだ学校に行っていない。
診察室に、張り詰めた沈黙が流れます。
押し黙った私たちを前に、先生は静かに、しかしはっきりとこう言いました。

「お父さん、ここが、カウンセリングがうまくいくかどうかの、大きな分かれ道です」
先生はさらに言葉を続けました。
「今は再登校という最終目的を見るのではなく、その手前にある『小さな変化』を喜んでください」
続けて、先生は私たちにさまざまな角度からいくつもの質問を投げかけました。
その問いに答えながら、私たちはまさおの変化を見落としていたことにハッと気づかされたのです。
- 以前は部屋から出てくるまで時間がかかった家庭教師の時間を、自分から守れるようになっていた。
- 「むかつく」「嫌や」と、自分のネガティブな感情を言葉に出せるようになっていた。
- 親同士の会話に、少しずつ、自然に入ってくるようになっていた。
私たちにとっては些細なことでも、先生は会話からまさおの小さな変化を感じ取っていました。

「まさおくんは良くなっています。このまま続けてください。必ず変わっていきます」
先生は、ぶれることなく、力強くそう言いました。
学校にはまだ行けていない。でも、聞き方のコツを掴むにつれ、まさおの口数が増え、表情が柔らかくなっていることを、母親の私も感じていました。
「子どもは変わっている。でも親の自分が気づけていなかったのかもしれない…」先生の言葉を聞いて、ようやくそう思えました。
夫はまだ、完全に納得したとは言い難い表情で、口を閉ざしていました。
良いところをもっと見て行こう。
それから私たちは、まさおの「できていること」を見るようになりました。

カウンセリングから5か月|変化が出始めた
その後も、私たちはまさおが話しやすいように、慎重に関わり続けました。
自分の意見を言いたくなるのをぐっと堪え、まさおの言葉に注目する。他にも先生に言われたことを一つひとつ実践していきました。そんなある日のこと。
「…ぼく、前みたいに『1人になりたい』って、あんまり言わなくなったやろ」
リビングでくつろいでいたまさおが、ふいにそう呟いたのです。

驚きました。あんなに頑なにイヤフォンという壁を作っていたまさおが、自分自身の変化を口にするなんて。
変化は、それだけではありませんでした。
「お父さん、しんどいの?」
「お母さん、あまり寝てないん?」
と、私たちを気遣う言葉が漏れるようになったのです。
この変化はとても嬉しかったし、前に進んでる実感がもてました。

また別の日に、まさおが「お母さんと一緒に寝たい」と言ったことがありました。そのとき夫は、(中学生なのに、母親に甘えすぎじゃないか)と眉をひそめながらも、ぐっと言葉を飲み込み、何も言わずに見守ることを選びました。
こうして、徐々にまさおに変化がでてきた矢先のことでした。
振り出しに戻った駅のホーム |「つい」出た一言
休日は家族で電車に乗って遠出するのが、楽しみのひとつでした。
「電車がホームでピタッと止まった瞬間、テンションが上がるわ!」
大好きな電車の前では、まさおは目が輝き、口数も多くなります。

前回のカウンセリングで先生は、こう仰っていました。
「自信がついてきたら、駅員さんにも自分から声をかけられるようになりますよ。もしそれができたら、私と一緒に拍手してくださいね」
その言葉が頭にあった私たちは、ホームで駅員さんをじっと見つめるまさおの姿を、期待を込めて見守っていました。
しかしまさおは駅員さんの周りをウロウロしては「…忙しそうやから」と諦めてばかり。
その時でした。
何度も行こうとして戻ってくるまさおの姿を見て、夫がつい、以前のような低い声でこう言ったのです。
「…聞いてみたらええやんか」

その瞬間、まさおはさっきまでの笑顔が消え、小さな声で「…帰る」と耳にイヤフォンをねじ込んでしまったのです。
(あぁ、また振り出しに戻ってしまったのか…。)
帰り道、まさおは窓の外をじっと見つめたまま、口を開くことはありませんでした。
次のカウンセリングは、3週間後でした。
本来であれば、ペースを崩さず2週間後に受けるべきでしたが、まさおの口数が増えていたことに安心し、予約を遅らせてしまっていたのです。
カウンセリングまでの時間が、とても長く不安に感じられました。
カウンセリングから7か月|まさおが意見を言った日
季節は変わり、北風が冷たくなってきた頃のことでした。まさおのお祖母ちゃんがコロナで入院してしまいます。
短い時間だけ面会を許されていましたが、感染のリスクもあり、私たちは行くべきか悩んでいました。正直、まさおはどうせ「行きたくない」と言うだろうし、無理強いはできないと思っていました。
しかし、そのときのまさおは違いました。
「ぼく行くで」

「みんなが行かないって言っても、ぼくはお祖母ちゃんに会いに行くから」
その言葉を聞いた瞬間、夫は驚いたように目を見開きました。
かつてのまさおなら、「迷惑やろ」「断っておいて」と、自分の気持ちを押し殺して周りの顔色をうかがうばかりでした。あるいは、無言でイヤフォンをつけて、その場から逃げ出していたはずです。
でも、今の彼は違いました。
「自分はこうしたい」と、自信を持ち始めたまさおの姿が、今までにないくらい頼もしく見えました。
カウンセリングから8か月|ついにまさおから声かけできた
いつものように電車の写真を撮りに、駅のホームに出向いたときのことでした。まさおは、停まっている電車をじっと見つめながら、ぽつりと言いました。
「これ…たぶん223系やと思うねんけど」
少し間を置いて、「…でも、ちょっと違う気もする」
本当は、駅員さんに聞きたい。でも、忙しそうにしているのを見ると、なかなか声をかけられない。
そのときでした。まさおが、駅員さんの方へ歩いていきました。
「すみません、この電車って…223系ですか?」
駅員さんは、やさしく答えてくれました。「これは、225系ですよ」

そのやり取りを、私は少し離れたところで見ていました。これまで、駅員さんのような知らない大人を前にすると、どうしても足がすくんでしまったあの子が、今は自分から話しかけている。
小走りで戻ってきたまさおは、少し照れたように笑いました。
「ぼく、けっこう頑張ってるやろ」
その笑顔がとても可愛くて、私は胸がいっぱいになりました。

後日、そのことを先生にお伝えすると、「まさおくん、やりましたね!」そう言って、拍手して喜んでくださいました。
夫が変化した|「正しい父」から「信じる父」へ
7回目のカウンセリングのことでした。普段は、険しい表情で椅子に深く腰掛けている夫が、この日は身を乗り出して先生に話しました。

「先生、まさおが変わりました。今までとちがうんです」
夫の口から飛び出したのは、まさおに対する不満や焦りではなく、彼が日常の中で見せてくれた「夫への気遣い」の報告でした。
「家族で外食をしたとき、私が『水が欲しいな』とつぶやいたんです。そうしたら、まさおが店員に「すみません、水をください!」と呼んでくれたんですよ。それに、出先で私がトイレの場所を探していたら、あの子の方から駅員さんに場所を聞きに行ってくれましてね…こんなことは今まで一度もありませんでした」
これまで、できていないことばかりに目を向けていた夫が、まさおの行動の一つひとつを、少し興奮した様子で先生に伝えていました。
夫のその様子を見ながら、私の胸がじんわりと熱くなるのを感じました。
そこには普段の険しい表情はなく、息子の成長をただ誇らしく思う、一人の父親の顔がありました。
まさおが変わってきたことも、もちろん嬉しい。でもそれ以上に、これまで正論ばかりだった夫が、息子からの優しさを真っすぐに受け取り、それをこんなにも嬉しそうに話している。
その変化が、私には何より嬉しかったのです。

カウンセリング終了|まさおは学校へ、私はフルタイムへ
まさおは、自分の意思でオープンスクールへ出向き、学校にも少しずつ通い始めています。
休日は電車の写真を撮るために、いろいろな場所へ出かけ、駅員さんにもたくさん質問できるようになりました。
「ぼく、コミュ力上がってきてるかも」
そう言って、誇らしそうに笑っています。

夫も私も、まさおの笑顔が増えたことが何より嬉しくて、一緒に話す時間が楽しいものに変わっていました。
そして、気がつけばイヤフォンを外している時間がずいぶんと増えていました。

先生から、「もうカウンセリングは終了して大丈夫ですよ」そう言っていただきました。そのタイミングで、私はパートからフルタイム勤務に戻ることを決めました。

出勤の日、慌ただしく準備をする私の背中に、まさおがそっとおでこをくっつけて、ぽつりと言いました。
「お母さん、仕事無理せんといてな」
「…みんな頑張ってるから、ぼくも、頑張るから」
その言葉を聞いたとき、背を向けてイヤフォンをしていた姿が、まるで遠い昔の出来事のように思えました。
今までのすべてが報われた。
そんな気持ちを胸に、私は深く息を吸い込み、新しい一歩を踏み出しました。
最後にカウンセラーより
幼い頃から個性が強く、自分の考えをしっかり持っている。周囲からはマイペースで頑固に見られることもありました。
そして学校に行かなくなってしまった。
そんなまさお君(仮名)の将来を心配し、ご両親は「○○しなさい」と注意したり、行動を正そうとしたりしていました。
しかし、その関わり方は彼の個性や気質には合わず、少しずつ親子の距離が広がっていきました。
ご両親の当センター来所後は、彼の個性に合わせて関わり方を見直し、「話を聞く」「良いところに目を向ける」ことを大切にしていただきました。
しかし、すぐに変化が現れたわけではありません。
「本当にこの方法でうまくいくのでしょうか?」「もっと注意しなくて良いのでしょうか?」
ご両親は不安そうな表情で何度も質問してくださいました。
私は「彼の個性を考えると、この関わり方が力になると思います」とお伝えし、ご両親も根気強く続けてくださいました。
すると、ある時から少しずつ変化が現れ始めました。
ご両親から嬉しそうに成長の報告をいただく機会が増え、私自身も、そのお話を伺う時間が毎回楽しみになりました。
面談当初、お父さんは渋い表情で「息子は何も変わりません」と繰り返し話されていました。
しかし途中からは、息子さんの変化を嬉しそうに話してくださるようになりました。
険しい表情をされていたお父さんでしたが、面接室で見せてくださる笑顔が少しずつ増えていき、その笑顔に私自身も癒されていました。
まさお君のように個性の強い子どもは、周囲から注意されたり否定されたりする経験が多くなりがちです。
だからこそ、家庭が「自分の話を聞いてもらえる場所」「良いところを見てもらえる場所」になることが大切です。
そうした安心感の積み重ねが、子ども本来の力を引き出し、成長につながっていきます。
これからも彼は自分らしさを大切にしながら成長を続け、当センターが目指している「社会の中で自分らしく生きやすくなること」に近づいていくことでしょう。
私はその未来を楽しみにしています。

*この記事は、当センターにご相談に来られたケースを基にお母さんの視点でまとめてみました。個人が特定されないように配慮しております。
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