
「ぎゃ~っ!」「いやだ!」
カナタ君(仮名・小5)の叫び声が、リビングに響き渡ります。
床に投げつけられたランドセル。本が散らばり、壁には叩かれた跡が残っていました。
妹のノアちゃん(仮名・小2)は泣き出し、お母さんは呆然とその場に立ち尽くします。
——どうして、こんなことになってしまったんだろう。
お母さんは、胸の奥でそうつぶやきました。
今回ご紹介するのは、些細なことで癇癪を繰り返していたカナタ君(仮名・小5)のケースです。

最初のうち、お母さんは「少しわがままなだけ」「そのうち落ち着くだろう」と思っていました。けれど、カナタ君の癇癪はおさまるどころか、日を追うごとに激しさを増していったのです。
家庭の中の小さな嵐は、次第に学校にも広がっていきました。
怒りの爆発は止まらず、授業を抜け出したり、友だちとのトラブルが続くようになりました。やがて、カナタ君は学校を休む日も増え、不登校の傾向が見られるようになっていきます。
そしてある日、学校からの呼び出しをきっかけに、追い詰められたお母さんが淀屋橋心理療法センターにご相談くださいました。
お母さんがカウンセリングを通して、カナタ君との関わり方を探りながら少しずつ前に進んだ道のりを、一緒にたどっていきましょう。

目次
癇癪と不登校のカナタ君

小さい頃から、怒りっぽいカナタ君(仮名・小5)。
気に入らないことがあると感情が爆発し、大声を上げたり、物を投げたりしてしまうことも。
特に妹・ノアちゃん(仮名・小2)とのけんかが絶えず、家庭内は落ち着かない状況が続いていたそうです。

そして、こうした様子は家庭の中だけにとどまりませんでした。カナタ君は学校でも癇癪を起こすようになります。
普段は大人しく、教室で一人静かに読書をして過ごすカナタ君。
しかし、ひとたびカーッとなると、感情のコントロールがきかなくなり、激しく荒れてしまうことがありました。
クラスメイトに手を出したり、服を引っ張ったりすることもあり、ひどい時には授業が中断してしまうことも。気持ちを抑えきれずに教室を飛び出し、運動場をうろうろすることもありました。
そしてある日、学校からお母さんのもとに一本の電話が入ります。
慌てて駆けつけたお母さんの目に飛び込んできたのは——
大柄な男性の先生が、暴れるカナタ君を必死で押さえている光景でした。
二人がかりでやっと制止できるほどの激しい荒れ方だったといいます。

お母さんの孤独と焦り「私の育て方が悪かったの?」

こうしたカナタ君の癇癪が続くうちに、カナタ君は学校を休む日が増え、不登校の傾向が見え始めました。
お母さんは心身ともに疲れ果て、毎日が不安と焦りの連続だったといいます。
「先生にも冷たい目で見られている気がする…」
「このままでは、カナタが誰かを傷つけてしまうかもしれない…」
そんな不安が頭の中をぐるぐると巡り、心が安まらない日々が続きました。
どうにかしたい。でも、どうしたらいいか分からない。
「私の育て方が悪かったのでは」と自分を責めるばかりで、誰にも相談できませんでした。
お母さんはいつのまにか、深い孤独の中でひとり悩みを抱え込んでいたのです。

カウンセリング開始|関わり方の見直しのはじまり

そんな追い詰められた日々の中で、お母さんはインターネットで「淀屋橋心理療法センター」を見つけました。「ここなら何か変わるかもしれない」と思い、勇気を出してご連絡くださったのです。
そこから、お母さんとカウンセラーとのカウンセリングが始まりました。
初回のカウンセリングでは、カナタ君の性格や様子、お母さんがこれまで一人で抱えてきた思いを、丁寧に話してくださいました。
「妹のノアは甘えてくるのに、カナタは全くで…」
「カナタ、自分の気持ちを話してくれないんです」
言葉にするたびに、お母さんの中に積もっていた不安や戸惑いが、少しずつあふれ出てくるようでした。そして最後に、お母さんはこう言いました。
「これから、どうしたらいいのかわからないんです」
その言葉を受け止めたカウンセラーは、カナタ君のこれまでの様子や特性を整理したうえで、お母さんにこう伝えました。
「改善には数カ月ほどかかりますが、希望は十分にありますよ。そのためにはお母さんに、カナタ君を伸ばすコツを覚えていただく必要があります。」
こうして、お母さんはカウンセラーのアドバイスをもとに、カナタ君の変化に向けた取り組みを始めることになりました。

お母さんが実践した2つの具体的な関わり方

カウンセリングでは、お子さんの特性を踏まえ、日常の中でできる具体的な関わり方をカウンセラーがアドバイスしております。
ここでは、実際にカナタ君のお母さんが取り組まれた関わり方の中から、2つ抜粋してご紹介します。
お母さんの対応①:否定せずに耳を傾ける
お母さんが最初に意識されたのは、カナタ君の気持ちを否定せず、“まず聞くこと”でした。
例えば、カナタ君が妹のノアちゃんやクラスメイトを批判したとき。
これまでは、つい「カナタにも悪いところがあったんじゃない?」「そんな言い方はよくないよ」と言ってしまっていたそうです。
けれど、そこをぐっとこらえ、「そう思ったんだね」とまずはカナタ君の言い分にしっかり耳を傾けるよう心がけました。

お母さんの対応②:二人だけの時間を大切に
お母さんはさらに、カナタ君とお母さん、二人だけの時間を意識的に作ることを大切にしました。
これまで、カナタ君がお母さんと話していても、妹のノアちゃんが途中で入ってきてしまい、二人で落ち着いて話せる時間はあまりありませんでした。
そこでお母さんは、次のような工夫を始めました。
- 夕方、カナタ君と二人で散歩をすることを日課にする
- ノアちゃんが習い事に行っている間、カナタ君と二人でゆっくり過ごす
- ノアちゃんが会話に割り込んできたときは、「今はカナタとお話ししているから、少し待っててね」と声をかけ、兄妹の会話の順番を整える
(特にこの対応は苦戦することも多かったそうです)
お母さんは、試行錯誤を重ねながら「どう関わればいいのか」という感覚を、少しずつ身につけていかれました。コツコツ積み重ねることがお子さんの大きな成長に繋がるのです。

カウンセリング1カ月後|少しずつ見えた変化

カウンセリング開始から1カ月。
お母さんはカウンセラーのアドバイスを受け止め、日々の生活の中で実践を続けてくださいました。そうしたお母さんの真剣な姿勢もあり、カナタ君にも少しずつ”変化の芽”が見え始めます。
甘えたい気持ちを素直に言葉で
ある日の夕方のことです。カナタ君の方からふとこんな言葉が。
「ママ、一緒にアニメ観よう」
たったそれだけの言葉。けれど、お母さんにとっては胸が熱くなるような瞬間でした。
これまでのカナタ君は、甘え上手な妹ノアちゃんとは違い、自分からお母さんを誘ったり、甘えたりすることがほとんどありませんでした。そのため、お母さんは「本当は甘えたい気持ちがあるのでは」と、ずっと気にかけていたのです。
だからこそ、この「一緒にアニメ観よう」という言葉には、大きな意味があったのです。
カナタ君の心に芽生えた“甘えたい気持ち”を、素直に言葉で伝えられた瞬間でした。
これは、お母さんにとっても、カナタ君の確かな成長を感じられる出来事でした。

繰り返す癇癪
しかし、すべてが順調というわけではありません。
カナタ君の癇癪は依然として続き、ときには強い感情の爆発が見られることもありました。
通っている柔道教室で先生に注意され、大声を上げて暴れることも。
ゲームがなかなかクリアできないところに妹のノアちゃんから話しかけられて、感情が抑えきれず物を投げつけてしまうこともありました。

カウンセラーより「諦めずに続けましょう」
カナタ君の様子を聞いたカウンセラーは、お母さんにこう助言します。
「最初の3カ月はどうしても波があります。良くなったり、また荒れたりを繰り返すものです。焦らず、諦めずに続けていきましょう。」
そして再度、カナタ君への接し方を確認し、
「頭で理解するのは簡単ですが、実際に行動に移すのは難しいものです。できる範囲で早めに身につけていきましょう。」
と伝えました。
“すぐに結果を求めず、焦らず積み重ねること”。
この姿勢が、後に大きな変化を生み出す土台となっていくのです。

カウンセリング2カ月後|表現力が育ってきた

お母さんがカウンセリングに通い始めて2カ月。
カナタ君は時々大きな声で叫んだり、妹のノアちゃんをひっかいたりすることもありました。それでもお母さんは、その度にカウンセラーの助言を思い出しながら、根気強く対応を続けてくださいました。
そんな日々の中で、カナタ君の確かな変化が見え始めます。
自分の考えを言葉にできた
お母さんの工夫もあり、カナタ君との会話が増えていくにつれ、カナタ君は以前よりもイキイキとした様子を見せるようになりました。
以前は週に2〜3回あった激しい癇癪も、今では1カ月に2回。
学校にも、半日ほどの保健室登校という形で、週に3回ほど通えるようになりました。
そんなある日、カナタ君とお母さんが一緒に散歩していたときのこと。カナタ君がふとつぶやきます。
「公園のブランコが2つしかないのはどうして?もっとあったらみんなで遊べるのに。」
一見ありふれた発言でも、これまで自分の考えを言葉にすることが少なかったカナタ君にとっては、貴重な一言でした。
自分の考えを言葉で表現できたという点で、お母さんにとって確かな手ごたえを感じられた瞬間だったのです。

イヤな気持ちを言葉にできた
また、これまで嫌なことがあると大暴れして全身で感情を表していたカナタ君。しかしこの頃から、少しずつ言葉で気持ちを伝えることができるようになってきました。
ある日、車で家族と出かけた帰り道。
車が渋滞に巻き込まれ、なかなか進まなくなりました。
お母さんは、バックミラー越しに、何度もカナタ君の様子を確認します。
以前なら、座席を蹴りながら大声で「イヤだイヤだ!」と泣き叫んでいたはずです。
また暴れ出すかもしれない…お母さんの緊張は高まる一方でした。
その時、後部座席から聞こえてきたのは——
「…渋滞、嫌いだ~。」
とカナタ君の、ぽつりとした呟き。
大声で叫ばない。暴れない。 ただ、言葉で気持ちを伝えたカナタ君。
このたった一言が、カナタ君にとってどれほど大きな変化か。
お母さんは、ハンドルを握りながら、込み上げる思いをこらえていました。
怒りをぶつけるのではなく、言葉で気持ちを表せたことは、自分の感情を少しずつコントロールできるようになってきた証拠です。
カナタ君は今、感情の爆発に頼らずに、批判や不満を「言葉で伝える力」を確実に身につけつつあります。
小さな一歩かもしれませんが、その積み重ねが、これからの大きな成長へとつながっていくのです。

カウンセラーより「油断しないこと」
お母さんからカナタ君の変化を聞き、カウンセラーはこう助言しました。 「以前に比べて落ち着いてきているようですが、今後も気を緩めずに接していきましょう。カナタ君の不満や批判の言葉も受け止めながら、少しずつ成長につなげていきましょう。」
さらに
「お子さんの状態が良くなってくると、親がホッと安心してしまって元の対応に戻ってしまうことがよくあるんです」と「油断しないこと」を強くお伝えしました。

カウンセリング3カ月後|癇癪よりも「言葉」で

お母さんがカウンセリングに通い始めて3カ月が経ちました。
カナタ君は、保健室で過ごす日もありますが、少しずつ教室で授業を受けられる時間が増えてきました。
登校を続ける中で、学校での過ごし方にも、これまでとははっきりとした変化が見られるようになっていきます。
怒りをぶつけなくなった
学校の掃除の時間のことです。
カナタ君は真面目に掃除をしていましたが、遊んでいるクラスメイトの様子が目に入り、強い不満を感じました。
以前のカナタ君なら、カッとなって怒鳴ったり、手が出たりしていたでしょう。しかしその日は、ぐっとこらえて、その場では黙っていたのです。
そして帰宅後、カナタ君はお母さんにこう打ち明けました。
「◯◯君のふざけるところがムカつく」
カナタ君はその場で怒りをぶつけるのではなく、家で落ち着いて不満な気持ちを言葉で伝えられるようになったのです。
お母さんがカナタ君の気持ちをしっかり聞くよう心がけたことで、話し終えたあとのカナタ君の表情にはスッキリとした穏やかさが見られるようになったのです。

感情をコントロールできた
日常生活でもカナタ君が「癇癪を起こすこと」がぐんと減ってきました。
お父さんとのオセロで負けた時も、大好きなお菓子を「今日は1個だけね」と言われた時も、これまで荒れていた場面で落ち着いていられるようになりました。
そして何より驚いたのが、長時間プレイしていたゲームのデータが、なんと1週間分も消えてしまった時のことです。
そんな大切なゲームのデータが消えてしまうなんて、お母さんにとっても”大事件”。お母さんは「大変!きっと大暴れしてしまう…」と不安でいっぱいでした。
ところがカナタ君は怒ることなく、落ち着いた声でこう言いました。
「ま、またやりなおせばいいか。」
その落ち着いた様子に、お母さんは驚きと同時にカナタ君の大きな成長を感じました。以前のカナタ君からは想像できない変化でした。

こうして、カナタ君は少しずつ衝動をコントロールする力を身につけ、気持ちを「癇癪」ではなく「言葉」で伝えられるようになっていったのです。
カウンセリング3カ月半後|カナタ君が選んだ、話し合う道

お母さんがカウンセリングを始めて3カ月半。お母さんはカウンセラーのアドバイス通り、日々油断せずに励んでくださいました。
カナタ君は、学校に通い、少しずつ授業にも参加できるようになっていました。
そんな日々の中で、カナタ君の大きな成長を実感する出来事が起こります。
お母さんが思わず涙ぐんでしまうほどの、感動的な出来事でした。
「暴れなかった。お母さんに話、聞いてもらった方が良いから」
ある日の休み時間のことでした。クラスメイトと衝突し、転んでしまったカナタ君。 あろうことか、相手の子は「カナタがぶつかってきたんだ」と責め立てます。
これまでなら、怒りが爆発して手が出てしまってもおかしくない場面。
しかし、その日のカナタ君は違いました。その場で感情を爆発させることなく、ぐっとこらえ、何もせずにやり過ごしたのです。
学校から帰宅したカナタ君は、まっすぐお母さんのもとへ歩み寄りました。 ポツリ、ポツリと語り始めたのは、昼間に起きたクラスメイトとの衝突のこと。
話を聞きながら、お母さんの背中には緊張が走ります。
(どうしよう、手が出てしまったかしら……また、暴れてしまったのかな……)
お母さんがドキドキしながら、最悪の結末を覚悟していたその時、
カナタ君はこう続けました。
「俺、いつもみたいに暴れなかったよ。」
お母さんは、驚いてカナタ君の顔を見つめます。
「暴れるよりも、お母さんに話、聞いてもらった方が良いと思ったから。」
その言葉を聞いた瞬間、お母さんは胸がいっぱいになり、思わず涙があふれたそうです。
“話すことで気持ちを伝えられる”という体験を、カナタ君が自分の力で掴み取った瞬間だったのです。

自分から向き合い、言葉で解決できた
カナタ君の成長は、それだけでは終わりませんでした。 後日、カナタ君は自ら先生のもとへ行き、「こんなことがあって、相手と話したい」と伝えたのです。
逃げるでもなく、怒りで押し通すでもなく、話し合うという選択肢を自分の意思で選んだカナタ君。相手の子と話し合いの結果、お互いさまだったことが分かり、二人はきちんと和解できました。
これは、カナタ君にとって本当に大きな成長でした。
もう、身体で怒りを表す必要はありません。
言葉で伝えることで、気持ちを整理し、相手と向き合うことができたのです。

家庭にも広がった心のゆとり
さらに変化は、家庭の中にも広がっていきました。
以前はケンカが絶えなかった妹のノアちゃんに、朝ごはんを作ってあげたり、
買い物中も落ち着いて待てるようになったのです。
こうした行動には、カナタ君の育まれた主体性や心のゆとりが表れているのでしょう。
怒りを言葉に変えられるようになった今、
カナタ君の世界は、以前よりもずっと明るく、やさしいものへと広がっていきました。

カウンセリング終結|育て方のせいじゃない。お子さんの特性に合わせた関わりを

その後、お母さんから「息子が落ち着いてきているので、しばらく間を空けます」というお言葉をいただき、カウンセリングは一区切りとなりました。
最後のカウンセリングでは、お母さんから「お話を聞いてくださり、本当にありがとうございました」と深く感謝の言葉をかけてくださいました。
癇癪を持つお子さんと向き合う中で、多くの親御さんは「私の育て方が悪かったのでは」と悩まれます。自分を責めたり、周囲から味方されにくいと孤独を感じてしまうことも少なくありません。
しかし、それは親御さんのせいではなく、その子の持つ特性によるものです。接し方を工夫することで、お子さんの生きやすさは大きく変わっていきます。だからこそ、私たちはいつでも親御さんの味方です。お子さんの成長を信じ、親御さん自身の頑張りを大切にしながら、共に歩むサポートを続けていきたいと考えています。
カナタ君が身につけた「怒りを言葉に変える力」は、これからを生きるための大切な一歩です。私たちもまた、子どもたちとご家族の歩みに寄り添いながら、一緒に前へ進んでいきたいと思います。

*この記事は、当センターにご相談に来られたケースを基に書いておりますが、個人が特定されないように配慮しております。
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