初歩的なミスが重なって、自信喪失からうつに(三ヶ月で職場へ復帰)─新入社員にむけて

就職したばかりの新入社員の人たちに抑うつ症状が増えています。「こんな事くらいで、なんで抑うつになるのかな」と思うくらい、小さなミスがほとんどです。今年大学をでたばかりで、銀行に入った大下美保のケースを追ってみましょう。

美保はかなり優秀な成績で大学を卒業し、ある都市銀行に勤務することになりました。就職の氷河期と言われて久しいのですが、無事合格を勝ち取れて大喜び。はりきって通勤していたのですが、3ヶ月たったころから体調を崩し元気がなくなってきました。淀屋橋心理療法センターにカウンセリングを受けにやってきた美保の話しに耳をかたむけていくと・・。

通勤電車で汗がだらだらとでてきて

「どんなご様子ですか?」というカウンセラーの問いかけに、美保はしんどそうに話し始めました。就職して一月たったころ、通勤電車で汗がいっぱいでてくるようになったそうです。五月だから汗ばむ陽気の日もありますが、汗がだらだらというのはたしかにおかしい。「なんかのぼせたみたいになって、体温調節がくるってしまったんやろか」と思って汗を拭いていました。「そら入社したてやから緊張してるんやわ。気にせんでもええんとちがうの」という母親の言葉に、一応美保は納得していました。

夜、眠れなくなりめまいの症状が

ところがさらにふた月たったころ、夜が眠れなくなってきました。目をつぶると課長の顔が目の前に浮かぶし、やっと寝入っても打ちミスばかりした書類を前に叱られている夢をみたりします。「私、銀行にむいてないんやないかな。やめたほうがええんとちがうやろか」と、一人悶々とするようになりました。しかし銀行に就職が決まったと喜んでいる両親の顔をみているとそれも言いだせませんでした。

ある日パソコンの入力仕事をすませて立ち上がったとき、突然クラッとめまいが。あわてて机の上に両手をついて事なきをえましたが、それからたびたびめまいに悩まされることになりました。「家庭の医学」という分厚い本をひらいてめまいの項目を読んでみると「メニエール病」という文字が飛び込んできます。「あー、私はたいへんな病気になってしもたんや。もうあかん、仕事つづけられへん」とショックを受けて、ふとんから出られなくなってしまいました。

耳鼻科医院で「メニエールではありません」という診断をもらったものの、美保は職場に行こうとすると体中にしんどさがどっとでたり、頭がおもーくなりめまいを感じたりするようになって欠勤が増えてきました。

初歩的なミスとライフスタイルの変化

重苦しそうな表情の美保が母親につきそわれて、淀屋橋心理療法センターにやってきました。カウンセリングで話を聞いていくと、大きな失敗などでショックを受けたりしたのではなく、初歩的なミスや上司から受けた注意の積み重ねで、すっかり自信喪失になっていることがわかってきました。それに学生時代は自由時間がいっぱいあって自分のペースで過ごせましたが、働きだすと時間や行動の束縛がありライフスタイルの変化にもついていけてないことがわかってきました。

美保の話しにそって、新入社員によくある注意点を整理してみましょう。カウンセリングで一つ一つをていねいに聞きながらアドバイスをだしていくうちに、今では美保さんはすっかり元気になって職場に復帰しています。

「おはようございます」と、大きな声で言えなくて

美保の課は課長さんを頭に6人のスタッフが働いています。席に着く前に美保は「おはようございます」と皆に頭をさげていました。「ちゃんとあいさつしてるし、これでいいんだ」と思っていましたが、「大下君、君のあいさつの声は小さいね。もっと大きな声で、元気良く言えないかね」と、課長さんから注意をうけました。「はい、すみません」「ちょっと、言ってみて」「おはようござます」と、立って2~3回繰り返し練習をさせられました。

美保にとって、この練習が意外にもつらかったのです。みんながこっちを見ているし、大きな声をだそうとしても喉がつまったようになって出なかったし。「みんなの前で恥じをかかされた」という思いから、毎朝の出勤がつらくなりだした第一歩でした。

職場で使う言葉になじめず、つい話し言葉になってしまって

先輩社員から仕事の説明を受けているとき、「えー、こんなんするの、すっごいわー」と、思わず学生調のしりあがりになってしまって。一瞬座がシーンとなったので、「あ、またやってしもた」とは気づいたのですが。仕事中に言葉づかいがしらずしらずのうちに、ため口調になってしまい何度か先輩に注意を受けていました。

得意先からの電話でミスして、自信喪失に

電話がなりだすと、とたんに緊張して表情がこわばってしまいます。こないだも「どちらさまですか?」と聞くのを忘れて田中さんにつないでしまいました。田中さんと聞いてすぐさま向かいに座っている田中さんだと思ってしまって、「田中さん、お電話です」と。しかしそれはもう一人の田中部長への電話で、しかも大切なお得意さまからの電話だったのです。

課長から「なんどおなじ注意をうけたらなおるんや。もうあんたなんかこんでええ!」と、叱られてしまいました。「私なりに、ちゃんととりつげたと思ったのに」と、美保はおちこんでしまいました。学生時代は「勉強のできるしっかりものの美保ちゃん」で通っていただけに、自信喪失の体験はどさっと砂袋が肩にかかってきたような感じでした。

カウンセリングを受けて三ヶ月で職場に復帰できた

「もう今は、家でごろごろしてるだけで,なんにもする気がしないねん」という美保にカウンセラーは、語りかけていきます。「今まで注意されたり、腹がたったりしたことを思い出せるだけ話してみて下さい」。カウンセラーは美保の悩みの一つ一つをていねいに聞きながら書き出していきました。「美保さんは、気にしーですか」というカウンセラーの問いに美保はハッとしたように「はい、私、気にしーです」と答えました。

「むかついたときは、大きく深呼吸して。はい、三回くりかえしましょう」。まるで小学生と対話しているようになってきました。「深呼吸か、ええもんですね」と、いつのまにか美保もついてきます。

「仕事したい。けど行くのいやや。課長の顔みるんがいやや」と、美保の口から怒りの言葉がでてきました。そのときの様子をくわしく聞いていくと、美保にはそれなりの理由があったようです。「Yさんが休みやって、私が一人でてんてこまいして頑張ってるのに、課長ゆうたら『遅いやないか。仕事のだんどり悪いんちがうか』やて。もう超むかつく!」。美保は、課長に目をつけられてしまったようです。「課長ゆうたらね、いやみったらしく、『まだ見習いやで。正社員やと決まってへんからな』やて。わかっとう、しつこいな。くそおやじ。なんで私ばっかりいじめるんよ」って、涙が出そうになってん」と、美保は目に涙を浮かべながら話しました。

一つ一つの怒りや悩みを思いっきり話したあと、カウンセラーはアドバイスを出していきました。「そんなん考えてたら、うつっぽーなってきて。私なんかもうなんの役にもたたへんのやなって思いだします」という言葉もしっかりと受けとめながら。今までカウンセリングをした新入社員の失敗談も話して聞かせると、美保は「えー、そんなことがー。私だけやないんやね」と、うれしそうに笑いながら聞いていました。

カウンセリングをはじめて三ヶ月たったころには美保はすっかり元気になっていました。「ここで教えてもらった『職場での対応のコツ』を忘れず、実行してみます。ゆきづまったらすぐに飛んで来ますから、またよろしくお願いします」と、言いながら職場に復帰していきました。

2019.04.17  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊一

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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