1.手首を切るのは「助けてほしい」心の叫び

今リストカット(自傷行為)で自分を傷つける子どもが増えている。この症状は、一人一人状況が違うのが特徴だ。ここにあげる事例もその一例としてお読みいただきたい。ここで取り上げた祐子は受験をひかえた高校三年生。「明るい素直な子」なので、両親とも今回のリストカットは信じられないという表情であった。

自分を傷つけることでしか許せないの

夜遅く、祐子は自室で手首を切った

祐子はその朝おそくなっても起きてこなかった。心配した母親が起こしに行くとものうげな声で「ほっといて」と、答えるだけ。思いきって部屋に入った母親は驚いた。血のついたティッシュやハンケチが部屋中にちらばっている。手首を切ったのだ。血はもう止まっていたが、祐子の目と表情はぼんやりしていた。

「あんた、どないしたん。どっか悪いの。血がいっぱいついてるやんか」「うーん、もうええ。すんだことや」「もう血は出てへんのか。こんなにいっぱいちらかして。どれ見せてみ」「もうええ、ゆうてるやろ。なんでもない。止まってんのやから」「そうか、ほな、お母さんみんでもええんやな。あと薬ぬっときや」。散らばったティッシュを屑篭へ集めながら、母親は言った。

前の夜は、家族みんなで楽しく話して寝たのに

「え、なんですって。リストカット(自傷行為)を。それはえらいことを。大丈夫ですか。傷はどのくらいですか」。話しを聞いたセラピストは驚きの声をあげた。受験の疲れで不眠がち、情緒不安定でカウンセリングを受けていた祐子ではあるが、手首を切るという思いきった行為にでるとは、予測できなかったからである。いったい何があったのであろうか。

母親の話によると、父親から家族旅行の話しがでて、和気あいあいとした雰囲気でその夜は寝たというのだ。「おやすみなさい」という祐子の明るい声に、両親はこの事態を予測できなかったようである。「これはいけない。こまかく状況を見ていかなくては。表面的なことだけで判断していると落とし穴にはまるぞ」。そこでセラピストは「毎日ファックスでその日の様子をしらせてくれませんか。油断をするとまた繰り返すかも。なんとしても二度三度は防がなくてはなりません。くせにしてはいけないんですよ、なんとしてでも」と、セラピストはあわてた表情の両親にアドバイスを出した。

お父さんはいつも自分でぜーんぶ決めてしまう

祐子は傷ついた手首を痛そうにさわりながら、うつむきかげんに話してくれた。「昨日の夜ね、お父さんが帰ってきて『秋も近いし、今度の連休は久しぶりに家族旅行しよか』ってゆわはったんです。『北陸方面はどうや』ゆうて」。お母さんも「それはええね」ゆうて嬉しそうにして。

私、そんな二人見てたら何も言えへんようになってしもて。連休はテニスの合宿があるの、楽しみにしてたのに。友だちとも約束して。そいでもそんなこと言い出せへんかった。せっかく喜んでる二人をがっかりさせることになるから」。

しかしその後自室に入って一人になると、祐子はだんだん腹立たしくなってきた。「なんではっきり言わへんの。テニスの合宿あるから、私は行けへんて。情けないやつやな、私って。ばかものや」と、自嘲の気もちがわいてくる。それと同時に「あーあ、お父さん、また自分でなにもかも決めてしまうんやろな。見物するところも、宿屋も。切符もぜんぶ手配して。私らはいっつも後ついて行くだけや。そんな旅行いきたないわ」。祐子の気持ちはどんどん落ち込んでいった。

そんなこんなことで頭が混乱してきて、かみそりを手にあててしまったという。「自分を傷つけることでしか、情けない自分を許せなかった。自分で自分を罰することで、この暗い気もちから抜け出ようとしたんです」と祐子は言う。

ほんとうは「芯の強い激しさを秘めた子」ですよ

両親はセラピストの話す祐子の言葉が「信じられない」という表情で聞いていた。「明るい素直な子なんです」「天真爛漫で。ねー、お父さん」。小さい頃から学校の成績もよかったし、友だちも多かった。親が「これがいい」というと、「私もそれがいい」と、嬉しそうにいう。「いや、私、それきらい」といった、親に反対することなど言ったことはなかった。両親にとって、今回の出来事は本当に青天の霹靂であった。

「祐子さんは素直な明るいお嬢さんですが、それだけでしょうか。もっと自分の気持ちや好みをはっきり持った芯の強いお子さんですよ。厳しい面、激しい面も持ち合わせておられるはずです。今までに思いあたることはありませんか」と、セラピストは両親に問いかけた。「そういえばあの子が小学校四年のときに驚いたことがあります」と、母親は話し出した。。電気ポットが壊れて買いに行ったとき、「これでいいね」というと「うん、かわいいね。それでいい」と言ったから、それを買って帰った。ところが「本当は向こうにあったパンダの模様のがほしかったのに」と、言い出した。ぐずぐずと、めづらしくすねていた。「これがかわいいねってゆうてたやないの。そやから買うたんやで」と母親が言うと、祐子は怒りだしてそばにあったそのポットをたたきつけた。壊れるまではいかなかったが、母親はびっくり。そんな気性の激しい祐子を見るのは初めてであった。それ以後、そんな激しさを見せたことは一度もなく「あれは虫のい所が悪かっただけやろ」」と忘れてしまったという。

ほんまは助けてほしかったんや

祐子はセラピストの助けを借りて、思いきって母親に打ち明けた。今度の家族旅行はテニスの合宿と重なっていること。もし行くのなら日を変えてほしいこと。旅行のスケジュールは、みんなで本をみたりしながら決めたいということ。祐子にしてみれば「親に反対する」という清水の舞台から飛び降りるくらい勇気のいることだった。が、母親は「えー、そんなことやったん。ゆうてくれたらよかったのに」と、意外にもスンナリと受け止めてくれた。「お母さんもほんまわね、お父さんがなにもかも自分で決めはるんいややったんや。二人して言うてみよ」と。

母親の言葉や笑顔がとても嬉しかった。祐子は「そうか、こなしてこれからは言いたいこと、お母さんにゆうていったらえんやな」と、一つ助け船に乗れた気がした。「あんなお母さん、私ね、ほんまはね、助けてほしかったんや。手首切りながら『お母さん、助けて、助けて』って泣いてたんやで。

繰り返さないために親がすることは

幸い傷のほうはそれほど深くなかった。一週間もすれば包帯もとれるだろうということだ。リストカット(自傷行為)は一度するとまた切るという繰り返しがちの行為である。なんとしても一度でストップをかけなくてはいけない。そこでセラピストは母親に次のようなアドバイスを与えた。

「今度こういうことがあっては困るんですが、もしもの場合のために言っておきます。傷の手当はできるだけやさしく丁寧にしてあげてください。いたわりの言葉をかけながら。リストカットは恐いことですが、恐いという気もちで終わらせず、お母さんにやさしくしてもらったというほのかな心の交流で終わるように。

もう一つ大事なことですが、いままでの明るい素直な祐子さんが、変わってくるかもしれません。反抗したり、素直さがなくなったり。その新しい祐子さんをありのまま受け止めてあげてください。説教したり、抑えたりする必要はありません。しっかりと聞き役になってぐちや不満を聞いてあげてください」。

なんでこんなことしたか、本人が話しやすい雰囲気をつくりながら。よろしいでしょうか」。

2019.04.17  著者:《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》福田俊一

               

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

  • 医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
  • 日本の実践的家族療法の草分け的存在。
  • 初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
  • その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
  • 著書多数。

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