
千春さん(仮名・中学1年生)はリストカットをしています。
自室の机の上にあるノートには、
「消えたい」
「家族がしんどい」
「世界が滅べば良いのに」
などと殴り書きをしています。
学校はたまに休みます。
主張することが苦手で、あまり本心を言いません。お母さんに甘えてくることもありません。
お母さんがカウンセラーからのアドバイスを受け、千春さんへの対応を変えると、千春さんが主張できるようになり、どんどん成長してきました。
しかし、一筋縄にはいきません。
深く切って、救急車で運ばれたり、家出をすることもありました。
また、主張する力が伸びてくると、口調が少し乱暴になってきたことをお母さんは心配されます。
カウンセラーとタッグを組み、様々な壁を乗りこえていく中で、千春さんが上手に主張できるようになり、生きづらさを克服した上で、リストカットも止まりました。
では、お母さんがどういう風に接したら、千春さんがどのように成長していったのか、1年半の経過を見ていきましょう。

目次
- 1 「世界が滅べばいいのに」自傷行為(リストカット)をする女子中学生
- 2 カウンセリング開始|家族(母親)のコミュニケーションへのアドバイス
- 3 カウンセリング開始から1カ月後|変化の予兆
- 4 カウンセリング開始から2カ月後|1mmの変化
- 5 カウンセリング開始から3カ月後|隣に座ってきた日
- 6 カウンセリング開始から4カ月後|「娘が変わってきました」
- 7 カウンセリング開始から4カ月半後|救急車と、それでも母がカウンセリングを続けた理由
- 8 カウンセリング開始から5カ月|内面について話し始めた
- 9 カウンセリング開始から6カ月後|伸び始める「主張する力」と、もうひとつの顔
- 10 カウンセリング開始から7カ月後|リストカット治療は簡単ではない
- 11 【リスカする女子中学生・前編】ここまでのまとめ
「世界が滅べばいいのに」自傷行為(リストカット)をする女子中学生

千春さんは頻繁に自分の部屋でリストカットをしているようです。学校で嫌なことがあった時や、お母さんに叱られた時にリストカットをしています。
「何か嫌なことでもあったの?なんでも話してね」と親御さんが聞いても、特に答えません。
主張するのが苦手
千春さんは人に自分の意見を言ったり、頼み事をするのが苦手。
例えば、千春さんの家から本屋さんまでは遠いのですが、お父さんに本屋さんまで連れて行って欲しいというのを頼むのに、
「え~っと。前に買ってもらった参考書は役立ったんだけど。え~~っと。だけどちょっと分かりづらい部分もあったので。
Amazonでも買えるんだけど、実際に見てみたいっていうのもあるし、お父さん、もし時間があったら本屋さんまで連れてってくれないかな?」
「参考書買いたいから本屋さんまで連れて行ってくれない?」
のように頼むことができれば楽ですが、千春さんの頼み方がすごく長いのは、否定されたくないという気持ちが強いからかもしれません。
家族との関係性は…?

お母さんはとても愛情深く優しい人です。
きっちりとした性格の人で、宿題に取り掛かるのが遅かったり、部屋の片づけが苦手な千春さんのことを厳しく怒ることがよくあります。
お父さんは仕事が忙しく、帰宅時間が遅いので、あまり千春さんとの接点はありません。
特に千春さんを叱ることはないので、お父さんと千春さんの関係は悪くはありません。
お兄さんは大学生で、実家から遠く離れた場所で一人暮らしをしています。
お兄さんの方が千春さんよりも勉強が得意で、マイペースな千春さんに比べてテキパキとしています。
過去に、千春さんがご両親に対して「お兄ちゃんの方が大事なんでしょ」と言ったことがあります。
カウンセリングにはお母さんのみ参加されました。
カウンセリング開始|家族(母親)のコミュニケーションへのアドバイス

千春さんのご家庭のコミュニケーションに関して、カウンセラーが気になったのは、お母さんが正論を言い、千春さんが反論できないパターンが多いことです。
【例】
千春さんが学校から帰ってきて、
千春さん:
「今日遅刻した子が多くて、担任の先生がすごく怒ってて、怖かった」
お母さん:
「それは遅刻した子が多かったんだから仕方ないんじゃない?」
千春さん:
「・・・・・」
会話が終了し、千春さんが自室へ行ってしまう。
カウンセラーのアドバイスを一部ご紹介します。
千春さんの主張する力を伸ばしてあげたいので、多少お母さんの意見と違ったりしたとしても、譲ってあげる(負けてあげる)。
【例】
千春さん:
「今日遅刻した子が多くて、担任の先生がすごく怒ってて、怖かった」
×お母さん:「それは遅刻した子が多かったんだから仕方ないんじゃない?」
〇お母さん:「へー。怖かったんだね。」
千春さん:
「うん、怖かった。山田先生、最近よく怒るんだよね。忙しくてイライラしてるのかな?」
と、沈黙にならず、会話が続きました。
カウンセリング開始から1カ月後|変化の予兆

「何も変わりません」とお母さんがおっしゃいます。
千春さんは朝起きてくると、小さな声で「おはよう」とだけ言い、あまり喋らずに朝食を食べて学校に行くそうです。
テレビから小さな子ども向けの音楽や、爽やかなJポップが流れると、不機嫌そうにチャンネルを変えます。
飼い猫のキキちゃんには興味を示さず、撫でることはありません。
お母さんから「宿題はやったの?」などと聞かれると、とても不機嫌になって二階の自室から出てこない日も多いです。
リストカットも続いています。
「何か小さな変化はないですか?」とカウンセラーがお聞きしても、「何も変わりません」とお母さん。
カウンセラーがいろんな角度から質問してみると、しばらく経ってから、
「あっ!そういえば」とお母さんが小さな変化を思い出されました。
千春さんの家での態度が柔らかくなってきたのです。
例えば、お風呂から鼻歌を歌ってるのが聞こえてきたり、テレビを見て「ハハハハ」と笑うことが少し増えたのです。
お母さんの正論を言うクセはまだあまり抜けていないようで、
「つい言ってしまって、あとで反省するんです」とおっしゃいました。
カウンセリング開始から2カ月後|1mmの変化

カウンセリングの冒頭。
お母さんは「何も変わっていません」と暗い表情でおっしゃいます。
「1mmぐらいのとっ~~ても小さな変化はありましたか?」
とカウンセラーがお聞きすると、しばらく考えこんでから、お母さんが変化を語ってくださいました。
これまで千春さんは、お母さんに体を触られるのをとても嫌がっていました。
お母さんがお父さんの肩を揉んだあとに、かなり久しぶりに「千春の肩も揉んであげようか?」と言うと、「うん」と言って受け入れました。
お母さんはこの返事がとても意外で驚いたと仰っていました。
また、これまで少し避けていた猫のキキちゃんをなでるようになりました。
リストカットの治療において、お子さんの状態が良くなってきた時にペットを可愛がるようになるというのはとてもよくあることです。

ある日、千春さんが泣いて学校から帰ってきた日がありました。
千春さんが自転車を走らせていると、反対方向から自転車でやってきたおじいさんに、
「逆走するな!この馬鹿野郎!お前どこの学校だ?」と怒鳴られたのです。
「急に怒鳴られてめっちゃ怖かった」と千春さんが大泣きしました。

お母さんは「逆走するあなたも悪かったんじゃないの?」とは言わず、「それは怖かったね」と返されたそうです。
うまく対応されました!
カウンセリング開始から3カ月後|隣に座ってきた日

お母さんがとっても喜ばれた出来事が起こりました。
家族でファミレスに行った際に、千春さんがお母さんの隣に座ってきたことです。
千春さんが小学校高学年になってからは、明らかにお母さんの隣を避けて、隣に座ってくることはありませんでした。
笑顔も増えてきました。変化は出てきていますが、リストカットは続いています。
お母さんはどうしても気になってしまい、千春さんの部屋の机の上のノートを見てしまいます。
ノートにはしんどい、もう消えたいなどの言葉が書き殴られています。
カウンセリング開始から4カ月後|「娘が変わってきました」
当センターでは、親子の雑談を増やすように親御さんにアドバイスしています。
そのため、お母さんが千春さんの好きなアニメについて「どんな話か教えてよ」と何度か質問してきたのですが、返ってくるのは
「自分で見たらいいじゃん」
ところが、ある日。
「(アニメの)ハイキューについて教えてあげようか?」と千春さんの方から説明してくれたのです。

またもう一つお母さんが喜ばれたのは、文化祭での出来事です。
以前だと、会場でお母さんが千春さんを見つけて手を振っても、恥ずかしがって手を振り返してこなかったのですが、この日はなんと千春さんの方からご両親に対して手を振ってきました。
だいぶ千春さんが自分を表現できるように変わってきました。
リストカットの頻度も減ってきているようです。「娘が変わってきました」とお母さんがおっしゃいました。
カウンセリング開始から4カ月半後|救急車と、それでも母がカウンセリングを続けた理由

カウンセリング開始当初に比べて、千春さんの様子は良い方向へ変わってきていましたが、ある日、千春さんが深く手首を切ってしまい、救急車で病院に運ばれたのです。
どうやら部活動で先輩から何かを言われたようです。
病院でお母さんはお医者さんに、
「親が家にいておきながら子どもにリストカットさせるなんてどういうことですか!」
と注意をされたそうです。
そのことをお母さんは「私は何も言い返すこともできなくて」と、とても辛そうに語っておられました。
お医者さんは、千春さんとご家族のことを思って言ってくれたのでしょうが、ここはまず「お母さん 大変でしたね」というような気遣いの言葉をかけてあげる方が良かったのではないかと筆者は思います。
リストカットは一定期間止まっていても、また切ることがあります。簡単には治らないケースもあるのです。
大きなトラブルが起きると親御さんがパニックになり、そこでカウンセリングが中断になってしまうこともあります。
面接室にて、お母さんが「先生、本当に治るんでしょうか?」と不安げに確認されました。
カウンセラー:
「千春さんは以前に比べて、親御さんに対して心を開いてきています。笑顔が増え、口数も増えました。今はまだ治療の途中ですが、今後ますます思っていることを言えるようになってくると、割と大きなストレスがかかっても、切る必要がなくなってくると思います」
千春さんが救急車で運ばれたことで、お母さんは意気消沈のご様子でしたが、千春さんのお母さんはその後もカウンセリングに通われました。
カウンセリング開始から5カ月|内面について話し始めた

「ママ聞いて」、「今時間ある?」
という風に、千春さんから話しかけてくることが増えました。
また話の内容がテレビやアニメの話が中心だったのが、学校の話が増えてきました。
話し始める際に、「あの~」、「え~~っと」と言うのも随分と減りました。
そして、ある日。学校の話をしている時、こう言ったそうです。
「私、緊張しやすくて人見知りだから」
千春さんが自分の内面について喋ったのは初めてです。
お母さんが素晴らしかったのが、この小さな変化にしっかりと気づいておられたことです。
自分の内面について親に語り出すと、子どもはとても大きく成長します。
どんどん千春さんは成長してきています。
ただ、彼女の部屋の机の上のノートには、毒親、家族がしんどい、学校もしんどい、などということが引き続き書かれています。
「うちの娘の本心は何なんでしょうか」という不安なお母さんに、
「これからどんどん千春さんが成長していく中、ノートにそういう記述はしなくなっていくだろうと思います」
と伝えました。
他に印象的なのは、不満を言語化するようになったことです。
例えば、以前の自転車の逆走の件のことを、この時期になって振り返って、
「あんなキツイ言い方しなくて良いのに!ムカつく!あいつがおかしい!」
と言ったそうです。また、
「(吹奏楽部の)智花ちゃんの言い方が嫌い。なんであんなに偉そうにできるんだろう」
カウンセリング開始から6カ月後|伸び始める「主張する力」と、もうひとつの顔

「おそらくリストカットを1カ月してないと思います」とお母さんがおっしゃいます。
「悔しい」
ある日、学校から帰ってくると千春さんがこう言いました。
「1年生の子で上手な子がいて、その子が次の演奏会のメンバーに選ばれるかもしれない。もしそうなったら悔しい」
「悔しい」という感情を、千春さんはこれまで表現したことがありませんでした。
お母さんがその変化にしっかりと気づき、カウンセラーに報告してくださったのはとてもありがたいことでした。
リストカットをしていた人が元気になってくると、「悔しい」のような感情表現をし始める人が多いのです。
言いたいことが言えた、でも…
またある時、千春さんが学校から帰ってきてお母さんが「今日は学校どうだった?」と聞くと、
「それよりも他に聞いてほしい話があるんだけども、いいかな?」
とお母さんに確認した上で、部活でのモヤモヤした話をし始めました。
先に自分の言いたいことが言えました。主張する力が伸びてきました。
「(吹奏楽部の)智花ちゃんがめっちゃ命令してきて、本当に腹が立った。なんなん、あいつ!同級生なのに、なんであんな偉そうやねん!」
不満を吐き出せるようになりました。
お母さんは千春さんの主張する力が伸びていることを喜びつつも、「最近、私や夫に対する娘の口調が強くて心配になります」と不安そうにおっしゃいます。

例えば、朝食を食べる際、
「醤油取って」と頼んだ千春さんに対してお母さんが間違ってソースを渡すと、
「もう!醤油って言ったじゃない!」と強い口調で言ったり。
牛乳を飲んだ後のコップをお父さんが洗わずにそのまま置いてると、
「パパ、牛乳飲んだら早く洗ってよ!」と口調が偉そうで強くなってきたのです。
ある時は、お父さんが仕事で疲れているタイミングで、千春さんが
「パパ、食べたんなら、お皿はシンクまで持って行ってよ!」
と強く言ったので、怒りそうになったお父さんをお母さんが必死でなだめることもありました。
子どもの主張する力が伸びてくると、口調が強く偉そうになってくることがあります。また、相手に主張するタイミングもあまり良くありません。これまでの人生で主張してきた経験が少ないので、主張が下手なのです。
お母さん:
「娘がすごく元気になってきました。ただ、先生にアドバイスいただいた通り、私は正論を言わないようにして娘が主張しやすいようにしてきたのですが、どんどん偉そうになってきて。これで大丈夫でしょうか?」
カウンセラー:
「これから私が状況を見ながら微妙な舵取りをしていきますので、どんどん偉そうになる可能性はかなり低くなります。とにかく今は、主張することが苦手だった千春さんが主張できるようになったということを喜んでくださいね」

カウンセリング開始から7カ月後|リストカット治療は簡単ではない

お母さんが仕事から帰宅。
疲れた表情のお母さんに、千春さんが「何かあったの?」と聞いてきました。
お母さんが職場の会議で意見を言ったけども、通らなかったことを伝えると、千春さんが「それ悔しいよね」と言って、お母さんの肩をトントンとしました。
千春さんがお母さんのしんどかった話も聞けるようになってきました。
良い変化は起こってきていますが、リストカットの治療は簡単にはいかないことも多いのです。

ある日の土曜日。
夕方になっても期末試験の勉強をしない千春さんに対して、お母さんが何度も「勉強しなさい」と言ったそうです。
すると千春さんが家を出て行ってしまいました。
そのうち帰ってくるだろうと思っていたのですが、辺りが暗くなってきても帰ってきません。携帯電話に何度電話をかけても出ません。
夕飯の時間にも戻ってきませんでした。さらに辺りは暗くなってきました。
ご両親は警察に捜索願を出しました。

【リスカする女子中学生・前編】ここまでのまとめ
主張することが苦手だった千春さん。
お母さんが正論を言わないことで、千春さんの主張する力が伸びてきました。
主張する力が伸びる中で、千春さんは少しずつ成長し、家で自分を表現できるようになりました。
その後は学校でも少し自分を出せるように変わってきました。
様々な小さな変化が起こり、リストカットの頻度も減ってきました。
しかし、リストカットは簡単には止まらないことがあります。「消えたい」というようなノートへの殴り書きも続けています。
また、子どもの主張する力が伸びてくると、舵の切り方を間違えると、文句ばかり言う子に育ってしまう可能性があります。
そして、ある日、千春さんはお母さんと衝突して、家出をしました。
今後どう千春さんが成長していくのか。
後編に続きます。
※治療期間はかなり個人差があり、この事例よりも早く良くなる場合も多いです。
※この事例は個人が特定されないように一部情報を修正したりするなど、十分な配慮をした上で掲載しています。

