タクミくんは有名中高一貫の私立高校に通っていましたが、高校1年生の時に不登校になりました。このタクミくんはお母さんと全く喋りません。そう、お母さんのことを恨んでいるのです。「中学受験を無理やりさせたのはアイツだ」と言っています。
また、タクミくんが小学生の時。模擬試験で悪い点数を取ったら「リモコンで頭を何度も殴られた」と。非常にお母さんのことを恨んでいます。この3年間、お母さんとは一言も口を聞いていませんし、同じ部屋にふたりが一緒にいるということもありません。タクミくんはお母さんの作ったごはんも食べなくなり、冷凍食品やカップラーメンで過ごしています。お父さんとは若干の会話が残っていますが、それでも用件のみを伝えるだけのコミュニケーションです。
このような複雑なケースでも、親御さんに対応を変えていただくことで徐々にタクミくんが変わっていきました。
当センターでは親御さんに、タクミくんとどう関われば良いかのアドバイスをお伝えしました。それを親御さん(主にお父さん)がご家庭で実践してくださると、タクミくんに少しずつ変化があらわれました。
お母さんのことをタクミくんは恨んでいますが、当センターに来所されたのは優しい雰囲気のお母さんでした。
<変化① お父さんの帰りを待つようになった>
まず、お父さんが仕事から帰ってきたら、リビングに降りてくるようになりました。当初は偶然を装って、たまたまお父さんと時間がかぶったという感じで降りてきて、ぎこちない感じで少しだけ雑談をするようになりました。その後、カウンセラーのアドバイス通りの対応をお父さんに続けていただくと、仕事から帰ってきたら、タクミくんは「待ってました!」と言わんばかりに、ドンドンドンと階段をかけ降りてきて、お父さんと喋るようになりました。
お父さんはもともとリビングにあまりおらず、自室でリラックスすることが多い方でしたが、この頃から仕事から帰宅すると意識してリビングに長くいるように工夫されました。
<変化② お父さんに物をおねだりするようになった>
タクミくんがお父さんに何か物を買ってほしいと少し甘えてくるようになってきました。今までそういうことはなかったのですが、帽子を買ってほしい、財布を買ってほしいなどと言って、ネットショッピングで買ってもらうようになりました。
<変化③ お父さんと外出するようになった>
タクミくんがお父さんと外出するようになりました。ショッピングモールに行き、ダウンコートを買ってあげたら、タクミくんが「やったー!」ととても素直な態度を見せました。 それまでのタクミくんは、親御さんに対してとても警戒した表情を見せていましたので、お父さんに対してはかなり心を開いてきたと言えます。
カウンセリングにはご両親が来られていたのですが、ある時お母さんがおっしゃいました。 「夫と息子がどんどん仲良くなっていっているのは分かるのですが、私との関係は一切変わっていっていません。本当に私とも喋ってくれるようになるのでしょうか?」 お母さんが涙を見せました。
<変化④ お父さんにお母さんの愚痴を言い出した>
ある時期から、タクミくんがお父さんに対してお母さんの愚痴を言い出しました。 過去にこんなことをされた、こんな酷い仕打ちをされたと、お母さんの愚痴をお父さんに語るようになったのです。 面接室で「もう妻の前では言えないぐらいひどいような言葉を延々と聞かされます」 しんどそうにお父さんがおっしゃいました。
「タクミくんが溜まっているものを吐き出すまで、もう少し頑張って下さい」とカウンセラーは伝えました。 2ヶ月程度、タクミくんがお母さんの愚痴を言う状態が続きました。
<変化⑤ お母さんに少しずつ・・・>
ある日、お父さんが面接室に来られると、あまり落ち込んだような表情ではありません。「そういえばタクミくんのお母さんへの愚痴は続いていますか?」とカウンセラーがお聞きすると、お父さんが「あ。そういえば、最近妻への愚痴はほとんど言わなくなったな」とこういう風におっしゃいました。
またここでもお母さんが尋ねられました。「夫と息子の関係はますます良好です。でも、息子が私に対して話しかけてくるようになるなんて信じられないです。本当にそんな日がくるのでしょうか?」と。
カウンセラーが「ほんの少しでも、何かお母さんに近寄ってきているなぁという所はありませんか?」とお聞きすると、お母さんがハッとした顔で「そういえば、私が作ったカレー鍋からカレーがちょっと減っていました。カレーを作った日は、夫は出張で東京にいたので・・・。うちは3人家族だから息子しかいないと思います。もしかしたら息子が食べたのかもしれません!」とおっしゃいました。
するとお父さんが「あ!そういえば、あいつ何かこの間、お前が作ったミートローフをちょっと食べていたぞ」と、こういう話が出てきました。どうやらタクミくんは、お母さんのごはんを少し食べるようになってきたみたいでした。
<変化⑥ お母さんが家にいても出て行かないようになった>
お母さんはパート勤務なのですが、お母さんが家にいる時は、タクミくんは公園やマンガ喫茶に行ったりしていました。できるだけ家にいないようにしていたのですが、このころになるとお母さんが家にいても、タクミくんは2階の自室で過ごしているという時間が増えてきました。
また、階段を登る時やドアを閉める時の「ドン」という音が静かになってきました。
<変化⑦ お母さんが可愛がっているネコを・・・>
お母さんはネコを飼っているのですが、タクミくんはこのネコを毛嫌いしていました。「こんなヤツ!!」という風に。ところが、ある日の面接でお母さんがおっしゃいました。「もしかしたらタクミがネコにエサをあげているのかもしれません」と。
なぜそう思われたのかをお聞きすると、ある時、タクミくんが1階のトイレから出てくると、あの懐いてなかったはずのネコが、彼の脚にスリスリしたのだそうです。もしかするとタクミくんは、家族に隠れてネコのことを可愛がりだしたのかもしれません。
<変化⑧ ついにお母さんに・・・>
最後の変化です。ある日、お母さんがパートに行ったけれど忘れ物に気づいたので、帰宅されたそうです。するとなんと!キッチンで、タクミくんがお母さんの作った食事を食べていました。ふたりの間に流れる空気がとても気まずくなったのですが・・・。しばらくの沈黙のあと、タクミくんは照れくさそうに「ごちそうさま!」と言って、2階の自分の部屋へ階段を駆け上がっていきました。
その日以降、少しずつタクミくんとお母さんが喋るように変わっていきました。
*この記事は、当センターにご相談に来られたケースを基に書いており、個人が特定されないようにプライバシーに配慮して作成しております。
<担当カウンセラーより このケースを振り返って>
このご相談は、たくみ君(仮名)とお母さんの接点が全くない為、キーパーソンはお父さんでした。
カウンセラーが心配だったのは、お父さんがたくみ君に対してうまく対応できるか?というところでした。
なぜならば、父親は母親に比べお子さんとの接点が少ない方が多いので当センターが差し上げたアドバイスを習得するのに時間がかかる方が多いからです。
ところが、この事例に出てくるお父さんは、こちらのアドバイスを早い段階で身につけてくださいました。
元々お父さんが、対応が上手かったということもあるかもしれませんが、一番の理由は「息子と妻の接点が全くないので、俺がなんとかするしかない」という、決意の高さだと思います。
夜型で、マイペースなたくみ君は、
夜の11時から12時くらいの間に、自室からリビングへやってきます。
ここが最初の頃の、お父さんとたくみ君が会話をする唯一のチャンスでした。
次の日、仕事で朝早く起きないといけないお父さん。
面接室で私に、「朝、眠いです」と仰りながら頑張って夜遅くまで起きてたくみ君に付き合ってあげていました。
この対応がとても良かった。
そのおかげで、その後は、どんどんたくみ君に良い変化が出てきて、とても良いスタートをきりました。
しかし、ピンチが訪れます。
事例の「変化④お父さんにお母さんの愚痴を言い出した」のところです。
あまりにたくみ君の使う言葉が汚く、しかも延々と愚痴を言い続けるのでその話に付き合ってあげるのがお父さんはしんどくなってきたのです。
面接室でお父さんを見ると、とても辛そうな表情でした。
「お父さんもう少しです。たくみ君が愚痴を吐き切ったら、お母さんに対する認識が変わっていくはずです」と、カウンセラーはトンネルの先に希望の光が見えていることを伝えづつけました。
しんどくて長い2ヶ月が過ぎました。さてどうなったか。やはり愚痴を出し切ると、恨みは薄れていきます。たくみ君の態度がやわらかくなっていきました。
面白いこともありました。「変化⑦の、お母さんが可愛がってる猫を・・・」のところです。
お父さんの前では、猫を可愛がっているそぶりを全く見せません。むしろ嫌っているような態度をします。
ところが、たくみ君にどんどん猫が懐いていくのです。
あるとき、部屋にたくみ君が猫とおもちゃで遊んでいたのでは?という形跡がありました。
リビングにやってきたたくみ君に、猫が擦り寄ってきた。
その様子を見ていたお父さんと目が合うと、たくみ君がバツの悪そうな照れた表情を見せた。
このお話を聞いたときは、面接室で私とご両親の3人で、大笑いしました。
このケースがうまくいったもう一つの理由は、両親の役割分担がうまくできていたことです。
お父さんがたくみ君と接する。
その一方でお母さんは、たくみ君の良い変化を確認する。
隣の部屋から二人の会話を聞いておられたのです。
そして、カウンセラーに「声が大きくなってきました」、「言い方にとげがなくなってきました」「私が仕事から早く帰ってきても、以前のように床をどんどんとしなくなりました」と、たくみ君の変化をしっかりと報告してくださいました。
さて、この事例を読んでいただくと、これだけ恨まれる母親は一体どんな母親か?と思われる方も多いのではないでしょうか?
お互いを思い合っている親子でも、ふとしたことで拗れるとややこしくなってしまうことも結構あるのです。
私が約半年間のカウンセリングでお話してきたお母さんは、子どもの小さな良い変化に気づき、それを喜ぶことができる、子ども思いで、笑顔の優しいお母さんでした。
担当カウンセラー 福田俊介