Interview06

夫のうつ病:なぜ薬を使わなくても元気になる?「不思議」と連呼した妻の1年2カ月~家族療法カウンセリング体験談~

夫のうつ病:なぜ薬を使わなくても元気になる?「不思議」と連呼した妻の1年2カ月~家族療法カウンセリング体験談~

Profile.
ご夫婦のプロフィール

小沢樹さん(仮名) 67歳
小沢恵さん(仮名) 65歳

※年齢はカウンセリング開始時

夫のうつ病でのご相談

定年退職後に契約社員として単身赴任で仕事をしていた夫。
マイペースな夫らしく、自由気ままに楽しく過ごしているかと思っていた妻。
しかし、単身先の部屋の異様さなどから、夫の身に何かが起こっていることを察する。

淀屋橋心理療法センターではお子さんに関する親御さんからのご相談が
もっとも多いのですが、ご主人や奥さんのうつの問題に対してもお受けしております。

今回は夫のうつ病で来所された妻・小沢恵さんへのインタビューが実現しました。

恵さんは淀屋橋心理療法センターのカウンセリングに1年2カ月ほど通われ、
夫の小沢樹さんは寝たきり状態から海外旅行へ行けるほど元気に。

うつ病を患ったご主人の当時の様子や、奥さんが抱いた正直な思い。
そして、カウンセリング成功のカギとは——。
当事者が語った貴重な体験談、ぜひ最後までご覧ください。

担当カウンセラー 精神科医 福田俊一

日本の家族療法実践の草分け的存在。摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。著書多数。

Interviewer 徳島麻緒

編集・ライター歴15年。淀屋橋心理療法センターでは治療説明会レポートや事例記事などを執筆しています。

ゴミが捨てられない。夫の異変は徐々に

:カウンセリング(夫のうつ病)

―― 夫の小沢樹さん(当時67歳)の様子がおかしいな、と気が付かれたのはいつですか?

恵さん:主人は当時、定年退職後に勤め始めた新たな雇用先で単身赴任をしていたんです。60代後半のマイペースな性格の主人とちょうどいい距離感で、お互い自由に楽しくやっていると思っていたのですが、夏ごろから徐々に異変が出始めて…。

赴任先は自宅から車で2時間ほどの場所だったので、私は月に1回掃除をしに主人のアパートに足を運んでいました。すると、徐々にゴミが捨てられなくなっているようで、アパートにゴミが溜まり始めたんです。
これは捨てていい、これはダメ、という自分なりの基準が自分の中にある人なので、もともと物が捨てられない性格ではあったんですが。

それと、しゃべることが好きな主人は毎日私にLINE電話をかけてきていたんです。しゃべるといっても、今日はこれ食べた、あれ食べたとか一方的に報告してくる感じなんですけどね。

それがある日、「なんかすごくしんどい」、「また明日電話する」とLINEが来て。これは 珍しい、というか、何かおかしいなぁ、と。

―― 樹さんはそんなご様子でも会社には行かれていたのでしょうか?

恵さん:ゴミだらけの部屋にいながらも一応会社には行っていました。ですが、年明けの2月に単身赴任先から自宅に戻ってきて仕事も辞めて。

自宅に戻ってきてからの数カ月はほぼ寝たきり。食事はよく摂っていたのですが、すぐにお腹を壊してしまうのでどんどん痩せていく感じでした。

うつ病になった原因は不明

―― 夫の樹さんがうつ病になった原因は奥さまはご存じなんですか?

恵さん:原因は未だにわからないんですよ。原因ははっきりしないけど、どんどん落ちていく感じというか。主人はそうでした。

大学を出てから35年勤めた会社を退職して、その後に勤めた新しい職場といっても、当時で既に5年ほど勤めていたし、職場の人間関係もよかった。

職場は一年更新制で、年末には更新することも決まっていて大喜びしていたはずなんですけどね…。

―― 大喜びしていたはずなのに、2月には一転して寝たきりになる。

恵さん:その気持ちの落差について私にはわからないし、おそらく本人もよくかわかっていないんですよね。

主人は性格的に理由を突き詰めようとするタイプなんですが、自分のメンタル面に関しては、もう説明がつかない感じなんじゃないんですかね。

ただ、私からしたら主人のうつ病は青天の霹靂というようなできごとではなかったんです。

うつ病になるのは“真面目”な人?

うつ病になるのは“真面目”な人?:カウンセリング(夫のうつ病)

―― 夫の樹さんがうつ病になったことに意外性はなかったということですか?

恵さん:若いころも若干うつ状態で会社を休んでいた時期がありましたので。この歳でまた来た!? という感じでした。

家族がある日、何の前触れもなくうつになったらびっくりすると思うんですけど、わが家の場合は日常生活のなかで彼の気分の浮き沈みに私も子供たちも結構な影響を受けてきたので…。(笑) 

主人は気分の浮き沈みがあるほうなんです。暴力を振るうとかは全然なくて、一人でドーーーーンと落ち込んでしまうタイプ。

それと、若いころから不眠症で心療内科には通っていまして。睡眠導入剤は二十代から今現在もずっと飲んでいます。

ですから、主人のうつ病に意外性はあまりなかったですね。

―― 妻である恵さんから見た夫の樹さんは、どんな方なんでしょうか?

恵さん:生真面目で実直で、なんだかすごい気難しくて、あまり無垢ではない。(笑)
普段は非常におしゃべりで、人を笑わせるタイプ。ユーモアのある面白い人なんですよ。

周りをどう笑わせるかを考えるだけでなく、自分の発言にみんながどう反応するかまで気になってしまうタイプですね。神経が細いんです。

―― サービス精神旺盛で真面目な方。仕事に対しても100%ならず、120%の力を注がれていたんですかね。

恵さん:いえいえ、どっちかといったら勤勉じゃないんですよ…。

それに、 35年勤めあげた最初の会社では、上司に失礼なことも結構発言していたようなんですよ。私からしたら、こんなに自分の言いたいことを言っておいて、なぜうつ病になるの!? みたいな。

ただ、主人は拘束されるのがすごく苦手な人だと私は思っていて。
企業で働く、というのは主人の性格的に辛いものがあったのかもしれないです。

日常生活を見ていても、「ほっといて自由にしてくれ」みたいなところが強い。
普通の人が特に何も感じないことが、主人にとってはストレスだったのかもしれません。

ですから、仕事人間で真面目にやりすぎたからうつ病に…、というのは全然ないです。それは本人も自覚しています。

薬物療法に限界を感じて淀屋橋心理療法センターへ

薬物療法に限界を感じて淀屋橋心理療法センターへ:カウンセリング(夫のうつ病)

―― 夫の樹さんがうつ病で寝たきりに。薬は使われたんですか?

恵さん:主人の具合が悪くなってからは、睡眠導入剤を処方してもらっていた心療内科の先生が抗うつ剤も結構出してくださいました。

「薬を飲んだら症状も落ち着いてくるよ」と心療内科の先生はおっしゃっていたんですけどそういう兆しがなく。本人も「効いている感じがしない」と。
主人は若いころにもうつ症状があったので、「うつは薬では治らない」ということを自分でなんとなくわかっているようでした。

こうして薬物療法に限界を感じて「これはもう淀屋橋心理療法センターの福田先生に頼るしかない」と主人が言ったんです。

―― 淀屋橋心理療法センターは既に知ってらっしゃったんですか?

恵さん:主人は若かったころに若干うつ状態で会社を2年ほど休んでいて。そのころにお世話になったのが淀屋橋心理療法センターの福田俊一先生でした。主人と結婚してすぐのときにお世話になったんですよ。

―― 結婚してすぐにそんな大変な状況が!

恵さん:主人は28歳、私は26歳でした。約40年前ですね。

福田先生のおかげで主人は当時社会に復帰できたので、主人も私も先生のことはずっと覚えていました。
薬を強くされてもうつ症状が全然よくならないから、一番信頼できる福田先生にお話を聞いてほしい、と主人が私に言ってきたんです。

薬を使わずにうつ病を治す

―― 薬を一切使わない淀屋橋心理療法センターの方が薬物療法より一定の効果があったということなんでしょうか?

恵さん:そういうことだと思います。

主人は薬が大好きといったら語弊がありますが、薬があると安心するタイプなんですよね。 ですから、薬をまったく使わないという考えは自分の中ではどうもなかったようなんですが、薬に頼り切っても治らないこともわかっているみたいなんですよね。

うつ病のお薬はカウンセリングをしていくうちにだんだん減っていって、今飲んでいるのは睡眠導入剤だけです。

―― 薬を使わないカウンセリングという手法に不安はありませんでしたか?

恵さん:主人の年齢ももう67歳だし、今回は普通の状態に戻れるのかなぁと、正直不安に思っていました。ですから、主人の症状がよくなっていく過程は「不思議」でした。

うつ病から徐々に抜け出していく夫

うつ病から徐々に抜け出していく夫:カウンセリング(夫のうつ病)

―― 淀屋橋心理療法センターでは雑談を大切にしています。夫の樹さんとの雑談はどのような感じでしたか?

恵さん:カウンセリング初期はうつ状態であまり喋りたくないような様子でした。それが、私がカウンセリングに通ううちに徐々にぽつぽつと喋りだして。そして会話にはずみがついてきて。 「不思議」でした。本当に「不思議」。

後半は夫婦で、または主人が一人で福田先生のカウンセリングを受けることもありました。カウンセリングに長時間割いていただいたわけではないのに、先生の一言、二言が印象的だったようで。先生の言葉によって主人のなかの何かが少しずつ晴れていくような。私は主人を見ていてそう思いましたね。

―― 淀屋橋心理療法センターに通っているとき、福田が小沢さん夫妻に出した独特な課題があったようですね。

恵さん:「毎日5分ほどの会話をして、それを録音してください」という課題を先生からいただいて。先生は「気が向かない日はしなくてもいいですよ」とおっしゃってくださったんですけど、この課題が主人にしゃべるきっかけを与えてくれたんです。

主人は「今日はどんなテーマで喋ろうか」と考え、「じゃあごはん食べてから今日の録音する?」と自主的に行動していていました。ですから、私から「先生の課題しましょう」と言ったことはなかったです。

―― 夫の話を聞くときの“コツ”は何かありましたか?

恵さん:否定しないことですね。あとは、話を聞く側になろうと私も意識しました。 そうすると、さらにしゃべるようになりましたね。

―― 当時のカルテを見ると、「有限要素法が~」、「学会報告したものが~」など、樹さんが天気予報に関するかなりマニアックな話をされていました。

恵さん:天気の話は気象予報士になれると豪語するぐらい好きなんですよね。

私の場合は自分が知っているようなことだと、思わず「え? それはこうでしょう?」 と言いたくなりますけど、私は主人が好きな天気の話は全然詳しくないので「ふーん」と聞くにはちょうどよかった。(笑)

夫が徐々に“自分”を取り戻してきた

―― 恵さんが「いつもの夫に戻ったな」と思ったのはどのあたりですか?

恵さん:カウンセリングをはじめて4カ月目の夏には結構よくなっていた気がします。

カウンセリングをはじめた当初はほぼ寝たきり状態で、大好きな車の運転すらできない状態でしたが、夏に私がイギリスに住んでいる長男家族のもとへ行くことになったんですね。 そのとき、主人が車を運転してくれて空港まで送ってくれましたし、主人の様子が心配だからイギリスへ行くのはやめよう、と躊躇するような状況ではなかった記憶があります。 本当は息子が「お父さんもイギリスに観光がてら来たら」と誘ってくれていたんですけど、本人は当時はまだ海外へ行く自信はなかったみたいですね。

カウンセリングをはじめて6カ月目ぐらいには、巨人ファンである主人が試合を見たくて自分でBSを契約したり、お昼ごはんで外食したり、散歩したりするようになっていました。 そのあたりは解き放たれたかのごとく、自分で心地よく過ごすにはどうしたらいいかとか、いろいろと考えるようになっていたように見えました。

―― カウンセリングを始めた当初とは樹さんの様子が明らかに違いますね。

恵さん:会話が増えていくにつれて枯渇していたエネルギーがちょっとずつ出てきた感じはありました。

カウンセリングでうつ病を治す。成功のカギは

カウンセリングでうつ病を治す。成功のカギは:カウンセリング(夫のうつ病)

―― 夫の樹さんは、奥さんである恵さんが淀屋橋心理療法センターへ通い、徐々にうつ症状から抜け出していきました。ズバリ、成功した秘訣を教えてください。

恵さん:難しい質問ですね…。福田先生のおっしゃる通りにしたのが成功のカギだと思います。

―― まさにお手本のような対応をなさっていた?

恵さん:いや…。私はおそらく余計なことを言ったりしていたと思いますよ。発病した直後なんて「ワァーーーーー■×△●×♨!! 」と本人に対して言ってしまったり。ただ、言ったところで元気にはならない。言えば言うほど、余計に落ち込んじゃうんですよね。

余計なことは言わないように気を付けつつも、何でもかんでも「はいはい」とするのは主人には合わないような気がしたので、YESばかりの対応はしませんでした。

例えば、うつ病の主人が私に腹立つようなことを言ってくるとするじゃないですか。自分が受け入れがたいものだったら遠慮せず、「それは違う」とはっきりと表明するようにはしていました。

あとは、「大丈夫?」とか変に主人を励ましたりせず、粛々と日常生活を続けたこともポイントだったのかな。「私が支えました!」というような対応はしていなかったですね。

―― 恵さんは現在働いていらっしゃいますよね。樹さんがうつ病のときも仕事は辞めずに?

恵さん:仕事は続けました。

生活費は正直主人の収入に頼っていたので「これからの生活はどうしよう…」と、当初は現実的な不安から余計に働かなきゃと思っていましたが、結果、働いていたことで気持ちが切り替えらえて、心身のバランスが取れました。
仕事は続けていてよかったなと思います。

ちなみに、主人には悪いけど、仕事中に「(主人の具合は)大丈夫かな」とか、主人のことを思い出すことは全然なかった…。(笑)

―― 仕事を続けたことで心身のバランスがとれたんですね。
恵さんと樹さんには娘さんと息子さん、二人のお子さんがいらっしゃるそうですが、お子さんたちはお父さんがうつ病になってどのような反応でしたか。

恵さん:子育て中に主人がうつ病のような状態になったことはなかったんですが、主人が朝になって突然「今日は会社に行かない」ということもあったりしたので、そんな父の姿を小さいころから見ていた子供たちは父親がうつ病になったことに特に驚きはしませんでした。

そんな父親の扱いを子供たちはよくわかっていましたし、母である私の気持ちも理解してくれました。やはり、子供たちが気持ちのうえではすごくサポートしてくれましたね。

―― お子さんたちが恵さんのことを陰で支えてくれたことも成功のカギだったんでしょうね。

恵さん:そうですね。子どもたちには主人の様子をこと細かに話すことはしませんでしたが、「お父さんは今こういう状況で」ということは包み隠さず言って情報は共有していました。

娘は「なんであんな人と結婚したの?」とか言ってましたけど。(笑)

―― 娘さん辛口ですね。(笑)

恵さん:娘の家族は自宅から車で1時間ぐらいのところに住んでいるので、よく孫と遊びに来るんです。うつ症状が非常に悪かった時、主人は部屋から出られないこともありました。

でも、娘たちが来て、孫たちのにぎやかな声を聞いたら、主人も孫や娘に会いたくなるんでしょうね。部屋から出てきて一緒に食事するようになったり。孫たちに「ちょっと痩せたね」と言われつつも、楽しそうにしていましたね。

―― ご家族の力って大きいですね。みなさんは樹さんのことをそんなに特別扱いせず、普段通りに接するようにしていたんですね。

恵さん:主人の性格だったら、大丈夫じゃない時に「大丈夫?」と声をかけるより、いつも通りに振る舞った方がよさそうだなと。それは確認し合ったわけではありませんが、私と子どもたちのなかでの「共通認識」でした。

新婚当初に悟った「この人に寄りかかっていてはダメ」

―― 失礼を承知で言いますと、夫の樹さんを見捨てることなく、ここまで頑張れたのはなぜでしょう?

恵さん:ただ、目の前の非常に弱っているこの人を見捨てたら、この先私は一生後悔するだろうなと思ったんです。

それに、新婚だった二十代のときも主人がうつ気味で会社を休んでいたので。「もう、この人におんぶに抱っこはできない」というのは若いころに既に悟りました。(笑)

新婚時はまだ若くて精神的にきつかったのですが、あのころに比べたら私も随分と経験を踏みましたのでね。

―― この先どうしたら…というお先真っ暗な気持ちにはあまりならなかった?

恵さん:いえいえ! 鬱々としていましたよ。正直なところ、もう別々になろうかとか、いろいろな可能性を考えました。

主人がまだ若かったら、また社会に復帰して…というような将来も描けますけど、67歳という年齢がね…。

でも、福田先生にお世話になって社会復帰できた様子を二十代のころに間近で見てきましたから希望はありました。

元気で活動的な現在の夫

元気で活動的な現在の夫:カウンセリング(夫のうつ病)

―― 夫の樹さんの現在のご様子はいかがですか?

恵さん:元気です。それに、夏に行けなかったイギリスへ翌年の6月に主人が一人で行ってきたんです。

うつ病のときはお腹をしょっちゅう壊していたので、息子のところへ行って迷惑をかけないか心配していたんですけど、その心配は杞憂でした。

自分でチケットを取って単身でイギリスの息子家族のもとへ行って。 どの写真を見ても、「こんなに楽しいことはないっ!」 というようなニコニコ顔で写っていました。帰国後は自分でアルバムを作るほど、イギリス旅行を満喫していました。 常に「またイギリスに行きたい」と言っています。びっくりですよ。本当に。

イギリス旅行だけでなく、最近では一人で旅行の計画を立てて、自分が運転する車で一泊・日帰りでおでかけしたりもしています。

よくなったぶん、ワーーッ!! と私にいろいろ言うようになって、私は逆に非常にストレスが…。(笑)

―― 迷惑なほど復活された。(笑)

恵さん:言い返そうとすると、もう倍返しですよ!
まあ、それだけ元気になったということですよね。エネルギーが溢れていて。
主人の本来の姿みたいなものが今は爆発している感じです。

抗うつ剤は飲まなくなった

―― 薬は今も飲んでいらっしゃるんでしょうか?

恵さん:薬は一番多い状態のときから徐々に減っていき、今は睡眠導入剤だけ飲んでいます。抗うつ剤は今は飲んでいないです。

頓服薬もある時期からぱったりと飲まなくなりました。うつが本当にひどかったときは1 日のなかで何回も頓服薬を飲んでいて、それでも「全然効かない」と言っていたんですけどね。

―― うつが再発する心配はありますか?

恵さん: それがわからないんですよ。そこは人間なのでね。

私にもあることですけど、人間ってすごく気分がいいときと、あんまりなときがありますよね。主人の場合はその気持ちの落差が大きいので、普通の尺度で考えたらいけないのかもしれません。

今後の人生、そんな自分の性格とどう付き合っていくか、ということですよね。

今のところ主人は早起きをして、しっかりごはんを食べて、規則正しい生活を送っています。

夫や妻のうつ病で困っている人へ

夫や妻のうつ病で困っている人へ:カウンセリング(夫のうつ病)

―― 今まさにご主人や奥さんがうつ病で困っている方へメッセージはありますか?

恵さん:私は本当にカウンセリングはお勧めだと思います。カウンセリングをしていなかったら、おそらく今も主人は寝たきりだったと思います。薬だけに頼っていたら、ここまで元気になっていなかったと言い切れます。

もし、ご夫婦のどちらかがうつ病になって困っている方がいらっしゃったら、薬だけでなく、カウンセリングで治す方法もあるんだよ、と伝えたいです。 ただ、カウンセリングは時間がかかるのでね。「長い人生の中のひと期間」と大きく捉えてもらえたらと思います。

うつ病は自力では及ばない部分がある気がするので、今回、改めて福田先生をお頼りできてよかったです。

―― 薬に頼らずにうつ病を克服する。その背景には、樹さんをありのままに愛し、支えてくれた奥さんやお子さん、そしてお孫さんの存在があったんですね。 今回のケースでは、淀屋橋心理療法センターのカウンセリングと、小沢家の温かな家族の支えが組み合わさり、樹さんの回復を大きく後押したのだと強く感じました。

本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

2026.03.20
著者《大阪府豊中市 淀屋橋心理療法センター》徳島麻緒

記事内容の監修医師

淀屋橋心理療法センターの所長 福田 俊一

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一

医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
日本の実践的家族療法の草分け的存在。
初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
著書多数。

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