
お父さん、お母さん、正人さんと妹さんの4人暮らし
【カウンセリング開始時20代後半】
正人さんは大学卒業後、金融機関に就職しましたが、上司との関係がうまくいかず退職。精神科に通院し、うつの診断を受けました。就労支援事業所を経て、専門学校の講師として勤務を始めましたが、やはりここでも上司と揉めて職場での人間関係に課題を抱えていました。
自信を大きく失い、家庭では、「俺なんかいなくてええやんか」「死んだ方がええと思ってんねやろ」などの自己否定的な発言が多く、お母さんに対して威圧的な態度や揚げ足を取るような言動が見られました。職場ストレスが強く、出社途中の電車の中でえづいたり、体調不良も頻繁にありました。
理不尽なことに我慢ができず荒れる姿もある一方で、ピュアで繊細な性格でした。本来はとても優しく、知り合いが困っていれば必ず駆けつける行動力があります。人に教えることも得意で、周囲から頼られる存在でもありました。
◆ 正人さんの「心の視力のずれ」
担当カウンセラーの臨床心理士・福田俊介は、正人さんの特徴をこう説明します。
「ある日、正人さんが会社から帰ってくるなり、お母さんに怒って言ったそうです。『俺は絶対に上司に嫌われてる。あの上司は俺のことが嫌いで仕方がないんだ』と。
お母さんが『そうなの。じゃあ今回の人事評価は良くなかったんだね』と聞くと、正人さんは『え、Sだったよ』と答えました。お母さんが「S? Sって一番上の評価?』と返すと、『そうだよ。一番上のSだよ』と。
実際には高く評価されているのに、自分では『嫌われている』と思い込んでしまう。上司の何気ない言葉をネガティブに受け取ってしまう。こうした状態を、私たちは『心の視力のずれ』と表現しています。現実がゆがんで見えてしまっている状態です。正人さんのカウンセリングでは、この心の視力の回復を目指しました」
息子さんの状態を心配されたお母さんが当センターに来所され、約1年間、お母さんだけで家族療法カウンセリングを受けられました。
本記事は、カウンセリングを終えられたお母さんへのインタビューをもとに構成しています。
カウンセリング期間:約1年
淀屋橋心理療法センターのカウンセラー
主に不登校・過食症・リストカット・ゲーム依存のカウンセリングで、高い治療実績を上げております
当センター勤務10年。窓口・電話対応などを通じて多くの親御さんと接しており、その経験を活かし取材を行っています。
目次
上司ともめて退職を繰り返す正人さん。
淀屋橋心理療法センターでのカウンセリングを通じて、
「心の視力のずれ」を回復し、今では職場に定着して働いています。
息子さんとの関係を取り戻されたお母さんに、
当時のことを振り返っていただきました。
お母さんが、淀屋橋心理療法センターに来られる前のこと。
正人さんは、心身ともに限界を迎え、日常生活そのものが大きな負担になっていたそうです。

―― 今日はよろしくお願いいたします。カウンセリングを終えられて、今はいかがですか?
まだ道半ばですが、昨日もお風呂に入っていて、息子が「お母さん、お風呂スポンジないで」って言ってきたんです。
ああ、お風呂洗ってるんだなって。そういうあたりがちょっと健康的になってきたと思うので、そこは進歩かなって思います。
―― お母さんが当センターに通われてから、息子さんは健康的になったという感じが実感できるんですね。
そうですね。
―― 「健康的になってきた」とおっしゃいましたが、以前はどんな様子だったんですか?
考えすぎて神経質で。朝、出かけるプレッシャーでえづいて。電車の中でも「おえっ」てなって、周りの人が「大丈夫ですか?」っていうくらいひどくて、途中で電車を降りちゃったりとか。
そういうあたり、たくさんあったと思うんですけれど、今はないです。本人もそんなことあったって、忘れてるんじゃないですかね(笑)。
―― それは大きな変化ですね。体調面以外では、生活面での変化もありましたか?
もうね、部屋がぐちゃぐちゃでした。片付けが苦手で。でも今は少しずつできるようになってきています。
当初、おかあさんは息子さんの自己否定の言葉に、強い不安と恐怖を抱えていました。

―― お話を伺っていると、本当に大きく変わられたんだなと感じます。息子さんが一番しんどかった時期というのはいつ頃だったのでしょうか?
そうですね。息子は、卒論がうまくいかなくて論文をビリビリに破いて、「お前がやれ」と言って教授に投げつけて。家に帰ってきたときの息子は震えていて、顔は真っ青で。そこから大学に行かなくなっちゃって。
「もう俺は人生終わりにした」
「死んだ方がええと思ってんねやろ」
「俺なんかいなくてええやんか」
そういうことをしょっちゅう言われて。
暴力まではいかないんですけど、うまくいかない時に、私の襟首を持って締め上げてきたこともありました。
―― そういう言葉を毎日のように聞かされるというのは、相当しんどかったと思います。お母さんはその時、息子さんの言葉をどう受け止めていたのでしょうか?
それを本当に真に受けてました。「この子は本当にもし死んじゃったらどうしよう」って。 それぐらいしんどい、嫌だっていうことを伝えたかっただけだったんですね。でも当時は、それに気づけませんでした。
正人さんは理不尽さへの敏感さと誤解が重なり、人間関係のトラブルを繰り返していました。

―― 大学は何とか卒業されて、その後就職されたんですよね。職場ではどんな様子でしたか?
地元の金融機関に就職しました。県外に転勤したくないって、そこしか受けなかったんです。
最初は理事長さんにすごく可愛がってもらって良かったんですが、息子は理不尽なことに我慢ができないんです。みんなが忙しい時に上司が新聞を読んでいたり、偉そうな態度だったり。それですぐカーッとなってキレて、戦っちゃって。
―― 理不尽だと感じた場面で、感情が一気に高ぶってしまう、という感じだったんですね。
そうなんです。上司の指示を勘違いしたこともあって、それでトラブルになって。結局は、支店を変えてもらいました。
次の所では楽しく働けていたんですけど、またそこでも本店の人から何か言われて、ネガティブに受け取って揉めて。結局やめてしまいました。
威圧的な上司とはうまくいかないけど、それ以外の方には可愛がってもらえたりするんです。すごく厳しかった課長さんとも、仕事を辞めてからも一緒に飲みに行ったりしてたので。
でも理不尽なことには我慢ができない。世の中理不尽なこともあると思うんですけど。
―― お仕事を辞めてからは、家で過ごす時間が増えていったと思うのですが、その頃の生活の様子を教えていただけますか。
自宅で引きこもった状態になりました。部屋はぐちゃぐちゃで。心療内科に通っていて、うつということで薬も飲んでいました。
発達障害とも診断されていたんです。手先が不器用だったり、幼稚園の頃からめちゃくちゃ大変な子で。走るのも一番最後、マラソン大会も一番最後で、運動神経がめちゃくちゃ悪かったです。
ただ、お友達はいたし、その事で困っている様子もなかったので。中高の時は部活もするし、楽しく過ごしてたので。その辺がグレーゾーンかなっていう感じです。
お母さんは将来への不安から、正論で息子を追い詰めてしまっていました。

―― 息子さんを見ていて、お母さんはどんな気持ちでしたか?
前は、もう息子に仕事していて欲しくて。「私たちが死んだらどうするねん」とばかり思っていました。
息子のダメなところばかり、うまくいってないところばかり見ていました。でも、なぜ息子がそんなに苦しんでいるのか、なぜそんな行動をとるのか。そこに思いが至らなくて。
自分の気持ちばかり、自分はこうしてもらいたいばかりで。子供がなぜそうなのかは、考えが及ばなかったんです。
―― お母さんご自身も、かなり追い詰められていたんですね。ご家族はどんな様子でしたか?
家族みんなよく喋るんです。娘もいて、息子と主人も含め、私ばっかりにみんな言ってくるから。本当にしんどくて。
私は一人が好きなタイプなのに、家族の話を聞いてあげないといけない状況で。それも不安が強くなる原因だったかもしれません。
主人は話を聞いてくれても右から左で・・。
お母さんが、当センターに通うことになったきっかけ。「子どもが来なくても始められるカウンセリング」に、お母さんは、家族としてできる希望を見出しました。

―― お母さんもご家族も大変な状況の中で、当センターを見つけられて、来所されることを決められたきっかけは何だったんですか?
色々調べました。住んでいるところが県外なので。
正直、費用のこともあって葛藤はありました。
―― 迷われたんですね。
はい。でも主人に相談したら、「あなたが良いって思うんだったら、良いところじゃないの?」と言ってくれて。勉強も兼ねてと考えると、高くもないかなと思えたんです。
―― 数ある相談機関の中で、当センターに決められた理由は何かありましたか?
子供が来なくていいというところです。
本当は息子がどこかで自分のカウンセリングを受けてくれる方が、もっと力は倍増したのかもしれない。でも、私との関係も良くなかったので。家族としてできることが絶対あると思って。
―― 「親御さんだけでお子さんが変わる」と信じられたんですね。
上司との関係がうまくいかないのも、まずは私との関係の中で、関わり方を少しずつ練習していけば、変わっていくんじゃないかと思ったんです。それで、家族療法がいいなと感じました。
「今一番必要なのはお母さんの対応」という臨床心理士・福田俊介の言葉が、大きな転機となりました。

―― 実際にカウンセリングが始まって、特に印象に残っていることはありますか?
私、息子があまりにも投げやりなので、このまま社会でやっていけるの?ってすごい不安になったことがあったんです。そのとき先生が、「彼は本当に苦しんでいます。お母さんの対応が、今一番必要なんですよ」って。
その時はドキッとしました。「ちゃんとやらないといけない」って思ったのと、それだけ息子が追い込まれている状態なんだと、実感しました。
―― その時からお母さんは、息子さんへの関わり方は変わっていったんでしょうか。
そうですね。
それまでは、私は正論ばかりぶつけていたと思います。
「そんなん言ったらあかんやろ」とか、「そんなことしたらあかんやろ」とか。
カウンセリングを受けて、
「全部を真に受けて聞かなくてもいいから、とにかく吐き出せる場をつくってあげたらいい」
そう言ってもらって、気持ちが少し変わりました。
家ではそれが本当にできていなかったんです。
つい正論を言ってしまって、 「こうした方がいいんじゃないか」と、
息子がうまくいっていないところばかりを見ていました。
―― 正論を言わずに関わるようになって、変化は大きかったですか?
めちゃくちゃ大きいです。
それまではあの子に考えてほしいって言いながら、私が考えていたので。
だから、ここはぐっと飲み込んで、
「あの子がどうするか、どうしたいか」というところに立たないと、始まらないなと思いました。
この先、自分たちはいなくなるので、
もう一度そこを息子に返していかないといけないなと。
「垂れ流す場。聞いているだけで大丈夫」
先生がそう言ってくれたことが、私にはすごく大きかったです。
「これでいいんだ」 そう思えたことが、本当に支えになりました。
お母さんが正論をやめて、「聞くこと」に徹したことで、息子さんの怒りと不安が減っていきました。

―― カウンセラーから対応のアドバイスを受けて、実際に続けてみてどうでしたか?
先生から言われたようにしていたら、息子が怒ったりイライラすることが、うんと少なくなったんです。やけ酒のように飲むことも減って。
「この子、この方向性で合ってるんだな」って思えました。
最初は全然できなかったんですけど、すごい努力して(笑)。本当に努力でしたね。
―― お母さんが変わっていく中で、息子さんにも何か変化は見えてきましたか?
少しずつですけど、息子が現実を見られるようになってきたなって感じました。
前は「もう俺は終わりだ」「死にたい」って、そればかりで。でも今は「この仕事、自分に合わないかも」とか「こういうところが嫌だった」とか、具体的に言えるようになってきて。
ちゃんと現実を見て、向き合おうとしてるんだなって。
正人さんから、家族を気遣う自然な言動が、少しずつ増えていきました。

―― お母さんと息子さんとの関係も変わってきましたか?
そうですね。優しくなりました。わたしの帰りが遅かったら「俺、洗い物しとこうか」って言ってくれたり、「洗濯物干しておこうか」とか。そういうことが増えました。
―― そういえば、カウンセラーからラーメンのお話を聞いて、とても感動したんです。あのエピソード、教えていただけますか?
ああ、あれは(笑)。
お昼にラーメン作って食べようとしたら、主人が「雨降ってくるから洗濯物入れた方がいいんちゃう?」って。私(今ラーメン作ってるのに・・)って思って。
主人は洗濯物を入れた方が良いと言ったくせに、座って携帯見てるんです。結局、私が取りに行ったんです。
洗濯物が濡れてしまったので家の中に干そうとしていたら、息子が、
「お母さん、ラーメン今作ったばっかりやん。このままだったら伸びるから、俺がやっておくから食べて」って。
今までだったら私に突っかかってきたり、私のいった言葉に揚げ足取って怒ってきたり。そういうことが多かったのに、それが全くなくなりました。
家族のことを思いやることが増えたんです。
―― お母さんに気遣いができるようになったというのは、大きな変化ですよね。お父さんとの関係も変わりましたか?
息子は主人に、一緒に野球に行こうと誘ったり、誕生日プレゼントにネクタイを渡したり。ちょっと派手なネクタイだったんですけど、主人も「これは気持ちやから」って喜んでました。
正人さんは、勘違いや被害的な受け取りが減り、自分を振り返れるようになっていきました。

―― 家族への思いやりが本当に増えたんですね。先ほど「揚げ足を取る」とおっしゃっていましたが、具体的にはどんなことがあったんですか?
私が言葉に詰まったりすると「そんなに腹が立つんだったら言ってきたらええやんか」みたいな威圧的な言葉を言ってきて。
私は何も思ってないのに。息子は思い込みが結構あったんです。「お母さんはこう思ってるだろう」って勘違いして。
―― それが変わったんですか?
そうですね。威圧的な態度がなくなりました。
私も「息子はこう思ってるんじゃないか」って思い込んでたところがあったと思います。
でも今は、言ってきたら言い返せるようになったんです。「あなたはそう思ってる。私はこう思ってる」「あなた、それは自分が思ってることじゃないの」「私は一言もそんなこと言ってない」って。
息子も自己分析が進んで、自分を振り返って考えるようになりました。人と揉めなくなったんです。
以前は、「俺は自信がないんだ。何をやってもどうせ辞めてしまう」って言っていて、私も不安になっていたんですけど、最近はそんな息子の言葉にも、うまく対応できるようになりました。
お母さんと正人さんとの関係性が整う中で、心身の安定が進み、薬からも自然に離れていきました。

―― 息子さんの心の面での変化も大きいですが、体調面ではいかがですか?
薬を飲まなくなったことです。
精神科の薬って、勝手にやめちゃって大丈夫かなって心配してたんです。不安を抑える薬だと息子は言っていました。結構きつい薬を出してもらっていたみたいで。
それが、病院をキャンセルしたりで、いつの間にか飲まなくなって。急に先生と話をせずにやめて、どうなんだろうって思ったんですけど。
やめても大丈夫でした。むしろ元気になったような気がします。本人にとっては、関係なかったような気がします。飲んでいない今の方が健康的です。
※ すべてのケースで薬が不要になるわけではありません。本ケースでは、家族関係の変化が結果的に影響したと考えられます。
正人さんは、「何かしていないと不安」だった状態から、休むことができるようになりました。

―― 薬を飲まなくなって元気になったとのことですが、体調が良くなると生活面でも変化が出てきましたか?
食生活もだんだんとマシになってる感じがします。
田舎に帰った時に、おじいちゃんに「お前、痩せてる。もうちょっと食わなあかんで」って言われて。「じいちゃんに太ったなって言われるようになりたい」と言って、ちゃんと食べなあかんなと言いながら食べていました。
私が言っても食べへんのに。
寝るのも、前は本当に寝れていなくて「全然寝れへんかったわ」っていうのが多かったんですけど、最近それはないです。
何かしておかないと不安だったのが、休めることができるようになったんだと思います。
片づけもできるようにもなってきました。考えて行動できるようになったんです。
―― そうした変化を通して、息子さん自身も自信がついてきたように感じますか?
そうですね。前の職場では仕事では、周りの人がエクセルがわからなくて困っていたんですけど、息子は教えることができたんです。それがちょっと自信になったみたいで。
あと、熱が出て吐き気もしているのに出勤を強要されたこととか。そういう理不尽なことには「おかしい」って言い返してもいいんだって、息子も気づいたと思うんです。
うまくいかなかったら、(自分で答えを出さないと)という気持ちになってきたのかなって。
悩みを誰かと共有することが、最初の一歩になるとお母さんは語ります。

―― お母様は本当にたくさんの努力をされて、息子さんとの関係を取り戻されましたね。今、同じように息子さんのことで悩んでおられる親御さんに、何か伝えたいことはありますか?
一人で抱えているのが本当にしんどいんですよね。どうしたらいいのかもわからなくて。
やはり誰かに相談できた方がいいかなって思います。いろんな視点をもらえると「じゃあこうやってみようか」とか。
―― お母さんはお仕事で子どもたちと関わることもあるとお聞きしましたが、今回ご自身が経験されたことは、お仕事にも活きていますか?
子どもの話を上手に聞いて、本人をイキイキさせるのは本当に難しいです。だからこそ、ここで本当に練習させてもらいました。
人には言えても、自分ができなきゃダメじゃないという感じがします。わかってはいるんですけれども、すぐにはできない。
先生から意見を返してもらったり、やり取りすることで、ちょっとずつちょっとずつできてきたように思います。
―― 色々とお話を聞かせていただいて、お母様の変化、息子さんの変化、本当に大きなものがあったんだなと感じます。最後に、今のお気持ちや、これからのことについて、何かお話しいただけますか?
今は昔とは違うのかもしれないですね。定職に就いてしっかりとお金を稼ぐことが自立だと思っていたけど、そうじゃないのかもしれない。
仕事がうまくいかなくて辞めても、それはそれで仕方がない。そこから何かを学んでくれればいいって、今は思えるようになりました。
息子も、理不尽なことに対しては言い返してもいいと思うんです。「自分はこうやって頑張っているのに、なぜちゃんと教えてくれないんですか」とか。そういうことは言ってもいいのかなって。
もちろん、人格否定するような暴言を吐くのは良くないです。でもそうじゃなくて、自分の気持ちをちゃんと伝えて、時には衝突して、そこから学んでいく。それも成長の一つなんじゃないかなと思います。
お母さんから、その後の近況をお聞きすることができました。

現在のご様子をうかがいたくてお母様にメールを送ると、間を置かずに返信があり、正人さんの近況を伝えてくださいました。
正人さんは専門資格を取得し、新しい職場で現在も働き続けているそうです。
職場では、営業の方から「パソコンの仕事をよくやってくれて助かる」と声をかけられるそうで、正人さんも、自分が役に立っていることを実感できているそうです。
以前は上司ともめて退職を繰り返していた正人さんですが、今では上司の方々と食事や飲みに行く機会も多く、無料でいいからとよく連れて行ってもらっているそうです。職場の方から可愛がられていて楽しいようで、お母さんは「仕事や人の愚痴を言うことがなくなりました」とおっしゃっています。
現在、正人さんはさらに上位の資格取得を目指して勉強中とのこと。
余裕のできたお母さんは、なんとご自身も専門学校に通われ、卒業間近だそうです。「忙しすぎて、息子とちょうどよい距離感になれたのかもしれません」というお言葉が印象的でした。
味方がいることで、正人さんは現実を見る力と自分を考える力が少しずつ回復していきました。

担当カウンセラーの臨床心理士・福田俊介は言います。
「このケースでは、着実に、そして確実に息子さんの心が回復していきました。ずっと否定され続け、勘違いしやすく、すぐキレて、人ともめてきた息子さんが、お母さんが味方になることで、少しずつ『心の視力』を回復していったのです」
それは、現実を正しく見る力。
自分の気持ちを認識する力。
他者との関係を適切に理解する力。
自己分析して、振り返って考える力。
正人さんは長い間、「もう終わりだ」「死にたい」という極端な言葉でしか、自分の苦しみを表現できませんでした。上司の指示を勘違いし、ネガティブに受け取り、すぐキレて、人ともめる。現実がぼやけて見えていたのです。
ですが、お母さんが正人さんにあった対応をされて、味方になっていただいたことで、正人さんは少しずつ心の視力を取り戻していきました。
「この仕事のこういうところが嫌だった」と具体的に言える。
「お母さん、ラーメン伸びちゃうから俺がやっとくよ」と家族を思いやる。
「お父さん、ありがとう」とネクタイをプレゼントする。
自分を振り返って考えられるようになった。人と揉めなくなった。何かしておかないと不安だったのが、休めるようになった。片づけができるようになった。自信がついた。考えて行動できるようになった。
そして薬も、自然に飲まなくなった。
これが「心の視力の回復」です。
発達障害やうつの診断を受け、職場でのトラブルを繰り返し、えづく朝に怯え、ぐちゃぐちゃの部屋で引きこもっていた正人さん。
お母様が味方になったとき、正人さんの心の視力は回復し始めました。
そして現実を見る力を取り戻したとき、少しずつ前に進めるようになったのです。
すぐ目に見える大きな変化ではないけれど、確実な回復。
それがこのカウンセリングの物語です。
「めちゃくちゃ努力した」──お母さんが何度も繰り返されたこの言葉。その努力が、息子さんの心の視力を取り戻す光になりました。
今、正人さんは職場に定着し、上司の方々と楽しく食事に行き、さらに上の資格を目指して勉強されています。
息子さんの未来を信じて、お母さんは今日も前を向いています。

お母様からの心からのメッセージです。
「一人で悩まず、誰かに話してみてください。
いろんな視点をもらうことで、『こうしてみようかな』って思えることがあります。
それが第一歩になると思います」

淀屋橋心理療法センター所長 福田 俊一
医師。精神科医。淀屋橋心理療法センターの所長であり創業者。
日本の実践的家族療法の草分け的存在。
初めて家族療法専門機関を日本で設立し、実践、技法の開発、家族療法家の育成に貢献した。
その後は、摂食障害、不登校、ひきこもり、うつ、家庭内暴力(子から親へ)、リストカット等の家族療法の開発に尽力している。
著書多数。