「職場のストレス・マネジメント」(メディカ出版)*という本を、母親が図書館でみつけた。息子の雄一が「うつ」と診断され職場を休職することになったのだ。
「母親としてどうしてやったらいいんやろ。もう大人やし、あれこれこまかくいうのもなんやし」と、母親はとほうにくれていた。近くの図書館で「職場のストレス」という索引をひいたりして出会ったのがこの本だった。
しっかり聞いてあげると、元気がでてくる
雄一のチェックリスト結果は、かなり深刻な様子を示していた。カウンセラーは雄一に語りかけ、とくに気になる点をピックアップしていった。
カウンセラー:うーん、これはかなりしんどいですね。どの項目が気になりますか?
雄一:はい。「仕事に対してやる気がわかない」っていうのが、図星って言う感じがしてしんどいです。
カウンセラー:なるほど、やはり仕事のことが一番にきますね。ほかには?
雄一:「他人の欠点ばかりが目につき、いらいらする」です。ほんまに要領ええやつばっかりが、ええようにみ られて。まじめにやってる僕がバカをみてるんや。
カウンセラー:ほんまにそうですよね。そんなバカなことってないですよね。
雄一:そうです、その通りです。ほんまにそうですよね!
カウンセラー:えらい、大きな声がでるんですね。ほんまにそうですよ。
細かく話し合っていくうちに、カウンセラーは一つのことに気づいた。「雄一君は、しっかり聞いてあげてると、だんだん声も大きくなってくるし、元気がでてくる人なんだな」と。そこで「雄一君、こんな話はおうちでしたことありますか?」と聞いてみた。「うーん、家でね、あんまりしません。いや、はじめのうちはしてました、母親に。そんでもいつのまにかせんようになりましたね。ゆうてもあかんと思ったからかな」と、首をかしげている。「お母さん、雄一君を励ましたりしませんでしたか?」「しました、しました。『このごろしんどそうやね、元気だしや』とか『そんなことばっかり言わんと、しっかりせな』とか。母親が励ましてくれてるんはわかるんですけど、それに応えられない自分がいやでいやで。
そうか、やっぱりそうだったか。うつの人の家庭によくあることだが、家族が励ましたり、元気づけたり、安心させようとしたりする言葉をかけている。これは逆効果になるのだが、なかなか気がつきにくい。そこでご両親に対するカウンセリングをもつことにした。
「励ましや、気休めことばはやめましょう」
みていくなかで、雄一の両親がとくに気をつけたほうがいい点がみえてきた。例えば「一日のうちで朝方に気分の悪さがある」ということについて。父親は「朝起きないのは、怠けてるんとちがうか」と雄一の朝おきについては、否定的なきもちで受けとめていた。カウンセラーは「うつは、朝がとくにつらいんです。なかなか起きられないので、そこらあたりは理解してあげてください」というアドバイスを出した。
それともう一つ家族がよく言う言葉がけとして「気にせんでもええやん」や「気にしすぎやで」である。これも家族としては本人の気持ちが楽になるようにとの思いで言うことが多いのだが、本人にしてみれば否定されたようで、よけいにしんどさが増すであろう。
「いやー、私ら、反対のことばっかりしてましたわ。ほんまに気ーつけんとあきませんね」と母親はびっくりしながら同意していた。父親も「そうか、朝おきるん遅いんは、怠けと違うんですか。わるいことしたな、雄一に」とつぶやいていた。
家族の言葉がけで、うつは良くなったり悪くなったり
もういちど念のため家族の言葉がけについて整理しておこう。
1.明るいはげましは、逆効果
「どうしたん。このごろ元気ないね。がんばりや」「あんたらしいないな。しっかりしいな」と、つい言ってしまいがちである。家族ははげましのつもりだが、本人は胸を締め付けられるように感じている。その場では「そうやね、ありがとう。元気だすね」と、明るくなったようでも後になって必ずといっていいほど落ち込む。「みんなに迷惑かけて、自分は生きている値打ちがない」などと、どんどん自分を責めて落ち込んでいく。
2.「怠け」でないことをわかってあげよう
はた目には「だらだら、ぼんやり」といった感じがし、怠けているように見える。うつ病はエネルギーを使い果たした状態。何をするのものろく、やる気がみえず、表情もさえない。風邪を引いたときのように「だるい、しんどい」感じがしている。しかし心のなかは絶望感や焦燥感と必死で戦っているの。
3.共感の気持ちで暖かく見守る
「しんどいんや」と本人が言ったら「本当にしんどいね。無理しなくていいよ」。「気が滅入ってしかたない」と言ったら「誰でもそういう時あるよ。今は落ち込んでいい時じゃないかな」というふうに共感をしめす言葉がいい。つらさを共有する言葉は、本人に「つらいけど、今の自分はこれでいいんだな」という肯定感をあたえ、瞬時であってもホッとできるものがある。
「こんなにストレスが高いんやったら、休職もむりないな」
どうやら雄一はチェックリストをすることで、客観的に自分のストレス度をはかることができたようだ。「はい、こんなにストレス度が高いんやったら、僕が休職してるのもむりないな、って思えるようになりました」と、自分の状態を受け入れる発言がでてきた。
次のカウンセリングで、話しあいながら目標を決めた。「なにができるようになったら、『ああ、ちょっと元気になってきたな』と思えますか?」「はい、朝起きて、朝刊が見れるようになったらかな。くわしく読めなくても見出しだけでも目を通せたら」と、雄一は答えた。このときの目標はできるだけかんたんにすぐに出来るもののほうがよい。うつから立ち直るスタートは、欲張らないこと。雄一は「朝刊の見出しが見れるようになること」を目標に、朝おきが少しづつ早くなっていった。
*「職場のストレス・マネジメント」(1989年、メディカ出版)福田俊一、増井昌美著
淀屋橋心理療法センターより刊行された本ですが、今は絶版になっています。
淀屋橋心理療法センター
福田俊一(所長、精神科医)
増井昌美(家族問題研究室長)
