美子は主張できだしたが、母親との衝突も増えて
美子のカウンセリング面接は、順調にすすんだ。「家にいてもいいから、『好きなこと、やりたいこと』を増やしていきましょう」という、カウンセラーのアドバイスが美子は気に入った。母親といっしょにつくる夕飯の支度もだんだん熱がはいり、自分の意見も言い出せるようになった。はじめは喜んで聞いていた母親だが、だんだんしんどくなってきた。というのは、美子のこだわりとしつこさに、我慢ができなくなってきたのだ。
主張すれば、母親との衝突も増える。どんなところで母親は美子のこだわりに困っているのか話してもらった。
母親:ニンジンとじゃがいも切れたで。
美子:いやお母さん、そのニンジンの切り方なに。もっと細かく切って、ゆうたやろ。
母親:わかったよ。そやけど煮込んだら同じやんか。
美子:なんもわかってへんのやな。ニンジンはな、煮込んでも形がくずれへんから、舌触りがわるいねんで。なんもわかってへんのやな。
母親:はいはい、わかりました。(うんざりしている感じ)
そのほか『なんでこのお鍋ぬれてるん?もっときちんとふいといて』とか、『布巾が汚れてるやんか』とか、あげればきりがない。母親は初めのうちは今までの自分流を通そうとしていた。以前なら美子のほうが「・・・」と、黙り込んで母親の言うとおりにしていたのだが、今は違う。美子は「あかん、ゆうたらあかんねん」と、一歩も引かない。「こんな細かい子とは、思いませんでした」と、母親は根をあげている。
性格をラベルに書き出してみると
「いやー、なかなかいい感じですよ、美子さん。そこまで主張できるようになりましたか」。カウンセラーは美子とお母さんのバトルを書き留めた記録を読んで、こう言った。しかしこのままではせっかく出てきた美子の芽も、母親との衝突が重なれば引っ込んでしまうかもしれない。そこで美子の「良いとこさがし」を、ゲームふうにラベルに書いてやってもらおうと決めた。
「きょうはね、美子さんの性格をしっかりと見ていきましょう。良い点、弱い点、あいまいな点、いろいろあるでしょう。持ち味はどんなところにあるのか。それをお母さんは理解できているかどうかなどですね。ラベル一枚につき、一つの性格を書き込んでください」。
カウンセラーは美子と母親に数枚のラベルをわたした。どんなことが書き込まれたか、ちょっと見てみよう。
美子のラベル
- 自分の意見を聞いてほしい
- 物事を考えすぎて要領が悪い
- せかされるとパニックになる
- 自分の思うようにしたい
- 迷いやすい
母親のラベル
- 気にしだしたら、いつまでも気にする
- 用心深い
- 言い出したらきかない
- しつこい
- いやになるほど細かい
「お母さんのラベルと美子さんのラベルはちょっとちがいますね。それでは一つ一つのラベルについて、話し合っていきましょう。これは美子さんの性格つまり持ち味ですから、どういうふうに解釈すれば、良いところとしてとらえられるか、これがポイントです。ではやっていきましょうか」。はじめはとまどっていたが、やり方がわかりだすと、二人の話はポンポンとはずんでいった。
「短所」に見えるところは、実は美子の持ち味「長所」
美子ラベル自分の思うようにしたい -- お母さんはこの点を「しつこい」とか「自分のやりかたばっかり主張して、自分中心な子」と、思っていた。それが三人で話し合ううちに、「自分の考えをしっかりもっている子」「ねばり強くだしていける子」「個性的なものを秘めている子」といった良い方向にとらえられるようになった。
「なかなかいい線いってますよ。その調子で」と、カウンセラーは横から交通整理をしていく。ラベル一つ一つについて短所と思えた性格ラベルが、視点を変えれば長所ともとれる。母親からも「そういえば少し余裕を持ってみてやれば、こんなに良いところがたくさんあるんですね。目先のことばかりに気を取られて、しつこいなとか、頑固者やなとか、短所のように見てました。母親の私がこの子の持ち味をプラスに受けとめて、伸ばしてやらなくてはいけないんだと気づきました」と、うれしい発言が出てきた。
こうした日常における母親との関係をスムーズにしていくことは、お城にたとえると石垣の部分に相当する。美子かこれから立ち上がっていくためのしっかりとした基盤になるのである。
淀屋橋心理療法センター
福田 俊一(所長、精神科医)
増井 昌美(家族問題研究室長)
