大学をやっと卒業。しかしその後部屋の戸を閉めたまま
勇樹(27才)が「大学でたんやから、ちょっと好きにさして」と、言ってきたのが5年前。「え、大学でたらどっかへ就職して働くんがあたりまえやで」と、母親は言った。父親も「なにゆうとんや。学費だしてしんどい思いしたんはこっちやないか。働いて食費くらい入れて当然や。それが人の道ゆうもんや」と怒りをあらわに。勇樹は言い返しもせずだまって聞いていた。
その後勇樹が学生課の就職さがしの部屋に出入りしているらしいことがわかって両親は一応ホッとしていた。商社やメーカーなど3つほど受けたようだ。一次の筆記試験は合格するが、二次三次の面接でひっかかった。「もうすこし元気よく返事ができませんか」「遅刻や欠勤せずにこれますか」といった、きわめて初歩段階の質問にすらテキパキと答えられなかったようだ。帰ってきてから両親にぽつぽつ話す様子から察せられたことだが。「そんなことくらいきちっと答えられんでどないすんの。あんたなんぼになってると思ってんの」と母親。続いて「ほんまになさけない話しやないか」と父親。
面接室で母親は担当セラピストにいままでのあらましを話した。就職をめぐって落ち込んだ勇樹とイライラした両親のやりとりがあって、勇樹は自分の部屋の戸を閉めたままになった。食事もいままでは下で家族といっしょに食べていたのが、いつのまにか自室に持っていって一人で食べるようになってしまった。それでも母親には「お母さん、クッキー買ってきて」とか「あしたの夕ご飯は天麩羅にしてくれる?」と、甘えてもきていた。「なんでかわからへんのですけど、それも私に言わんようになって。今はできたもんを食べるし、いるもんは自分でコンビニに買いにでるようにしてますわ」と、母親は話した。
「それでは今親子の会話は、どんなふうに?」とセラピストは聞いた。「まったくありませんねん。必要なことは紙に書いておいてありますわ。それ買うてきて、またおいとくんです。いつの間にかなくなってますさかい、部屋へもっていったんやな。そいで終わりです」
淀屋橋心理療法センター
福田 俊一(所長、精神科医)
増井 昌美(家族問題研究室長)
