僕、精神病になってしもたんやろか

「もうこれで精神病あつかいかな」って思ったら、足が前へ進まなくて

予約時刻を30分もすぎている。担当セラピストは時計を何度も見た。「おかしいな、無断キャンセルかな」。そう思ったとき電話が鳴った。「あのー、近くまで来てるんですけど」。予約のクライエント、酒田さんの声だ。「あのー、カウンセリング受けるって、精神病あつかいされるんでしょう。どうしてもそれがいやで」。遅刻の理由はそれで足が前へ進まないそうだ。駅をおりてもうすぐの所まで来ている。「そんなことはないですよ。お話をしっかり聞かせていただいて、アドバイスをさしあげるのが中心ですから。とにかくいらっしゃい」。

酒田さんはそれから10分ほどして表れた。不安感が顔にあらわれている。「まあ、落ち着いてください」と、お茶をだしながらセラピストは語りかけた。引きこもり状態になって二年になる。今では何をやる気もしないし、このまま人生終わってしまうのかなと、思うと不安でたまらない。最近は眠れなくなってきて、それで来所する決心をしたという。

酒田さんの不安を解いていくセラピストの話に注目していただきたい。

セラピスト: 眠れないと言うことですが、どのくらい?

酒田 : 一週間になります。寝つきにくいし、やっと眠れても二時間くらいで目がさめてしまって。

セラピスト: それでどこか他へいきましたか?

酒田 : はい、近くの病院へ。初めは内科へ行ったんですけど、精神科にまわされて。「二年近く家にこもってます」って、言ったら「それはこっちじゃない。精神科ですね」って。僕は睡眠の薬もらえたらそれでよかったんですけど。話し聞いてくれなくて。もうすぐに紙もって精神科へまわされて。待合い室で待ってるあいだに「僕、ちがうよな。ここは僕の診てもらうとこ違うよな」って。独り言いいながら、帰ってきてしまいました。

セラピスト: ああ、それで、さっき電話で「精神病あつかいになるんですかって、聞いたんですね。ここは薬なしで治すところなんです。あなたが抱えておられる問題点ー今二年間のひきこもりと、不眠ですか。お話をじっくりと聞きながら、あなたといっしょに解決の方法をみつけていく所です。もちろん必要と判断すれば薬もだしますが、それは中心ではありません。あなたが抱えておられる問題点が、そんなに簡単にどうかなるとは思われないでしょう。

酒田 : はい。そうなんです。僕がこうなったんも、いろんなことがいっぱいあって、動けなくなってしまったからなんです。誰もそれを聞いてくれない。わかってくれない。そのうちなんで自分がこないしてるんか、わけわからんようになってきて。

セラピスト: 時間がたつと、だんだん問題の焦点がぼけてくるからね。自分だけで解決しようとしても無理になってくる。逆に時間をかけて話しを聞いてもらってると、頭のなかがまとまってきて、心の整理ができだすことってようけあるよ。そのあとでこちらからアドバイスだすと、スーッと入っていく。それがここのカウンセリングの進め方なんや。

酒田 : 僕、その内科へ行ったとき「そんな二年間の心の葛藤が5ー6分くらい話しを聞いて、わかるはずがない。僕は精神病やない。薬のまなあかんような病気やない。もっと話しを聞いてくれ」って言いたかったけど言えなかった。

セラピスト: そうか、そう言いたかったんやな。そしたらその話しを聞かせてくれへんか。時間はたっぷりあるよ。

酒田 : はい。お願いします。いじめられたことや、親に「怠けてる」って、言われたことや、もういっぱいあるんです。

酒田さんはこのあと一時間あまり話しを続けた。はじめは自信なげな声だったが、のってくるとだんだん大きな声に変わった。セラピストの「対人緊張もあるね。ご両親の対応にも改善が必要」といったアドバイスを聞き、「自分だけが悪いんではない」という思いにホッとした様子だった。

心理療法におけるカウンセリングを受けることは、必ずしも病気だからでないとわかり、酒田さんの不安は安心に変わっていた。

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