特性4:「よく気がつき、細やかな気配りができる」でも境界線が見えなくて、ときどき踏み込みすぎてしまうことも

「もうダメです。仕事つづけられません」

過食症が良くなってみごと社会復帰を果たした舞子さん。就職先は幼稚園の先生。まだ見習いで先輩先生の補助的な仕事をしているとのことです。子どもが好きと言っていただけに、カウンセラーは「さぞかし仕事を楽しんでいるにちがいない」と思っていました。

ところが6ヶ月たってカウンセリングの予約が入りました。「なにかあったのかな」と、半ば心配しながらカウンセラーは待っていました。

舞子さんはやってくるなり「先生、私、もうダメです。しんどくて続けられません」と言ってバタッと机の上に倒れ込んでしまいました。「いったいどうしたの?、大きなミスでもやってしまったの?」と、相手は子どもだけに取り返しのつかないミスでもしたのかとカウンセラーはあわてました。

よく気がつき、細やかな気配りができる摂食障害の人

カウンセラーは話を聞いて「摂食障害の人が職場でよく指摘される点だな」とわかりました。「よく気がつき細やかな気くばりができる特性」、これは本来なら素晴らしいことです。ところが「ここまではするが、これから先はやらない方がいい」といった境界線がわからず、踏み込みこみすぎてしまうといった問題が起こりがちです。

舞子さんの場合もそうでした。園児のお絵描きの時間「ピンクのクレヨンがない」と言って泣きだしたK美ちゃんに、そっと後ろから渡してあげたりしました。一度トイレが間に合わずお漏らしをしたT君がいました。するとずーとT君のことが気になって「T君、トイレだいじょうぶ?」と何度も聞いてあげたり。こんな小さな気くばりが他にもいっぱいできるので「舞子せんせい」と、子どもたちにはずいぶん慕われるようになっていました。

ただ先輩先生から一言アドバイスがありました。「舞子さん、とってもよくやってくれて私もうれしいわ。でも幼稚園の先生わね、一人の園児だけをみてるのではないの。クラス全体の子どもたちを視野に入れておかなくてはいけないの。わかるわね」。「はい、気をつけます」と返事をしたものの、実際にはどうすればいいのかわかりませんでした。

わからないということは大きなストレスです。その夜舞子さんの頭のなかを、ちらちらと食べ物が浮かびます。「ダメ、食べちゃダメ!」と、必死で踏ん張ってその夜は過食をしないでなんとかやりすごすことができました。

ある程度子どもに任せるっていうのも大事なことだから

舞子さんの持ち味は本来は素晴らしいものです。ところがそばにいる人から見ると、「そこまでしなくてもいいのに」と思えるところもかなりありました。また一つのことに集中すると、周りが見えにくくなるという過食症の特性も舞子さんにあてはまります。「そこまでしなくてもいいのよ」という先輩の言葉も身にしみてわかるのですが、なかなかやめることができませんでした。

良し悪しがコインの裏表のような面をもつ「よく気がつき、細やかな気配りができる」という特性。やればやるほど相手の領域にも踏みこんでしまい、うとまれるということも起こりがちです。

その後しばらくして先輩先生からかなり厳しい口調で再び注意を受けました。「前にも言ったけど、舞子さんが子どもたちによく気くばりしてくれてるってわかります。子ども一人一人への思いやりもあるし。でもね考えてほしいの。子どもたちが失敗してもすぐに手を出すんじゃなくて、ある程度子どもに任せるっていうのも大事なことなのよ。子ども自身が困って考えて成長していくこともありますから」と。

一生懸命とりくんでいた舞子さんは、この言葉を聞いて頭から水を浴びせられたように感じてしまいました。「この半年子どもたちのために必死でがんばってきたのに、私って間違ってるんかな。成長をじゃましてるんかな。だったらこんな私なんかいないほうがいいじゃないか」と。

その夜は我慢できませんでした。幼稚園からの帰りコンビニに寄ってお菓子やアイスクリームをいっぱい買い込んで。夕飯のあと一人で自室にこもって食べました。久しぶりの過食です。カウンセラーの先生の顔が浮かびます。「ごめなさい、先生。とうとう食べちゃいました」。吐いたあと自己嫌悪感でいっぱいです。体もしんどくてつらくて「あーあ、また過食嘔吐やっちゃった。もう二度としないぞって決心してたのに。私ってダメ人間だ」と、舞子さんは自己否定の気持ちでいっぱいでした。

「もうやめよう、幼稚園の先生なんて私にはむいてないんだ。子どもの成長をさまたげるなんて、やめたほうがいい」とつぶやきながら、舞子はカウンセリングの予約をとっていました。

「境界線が見えなくて、踏み込みすぎてしまったようですね」

カウンセラーは舞子さんの話をしっかりと聞いていました。「この6ヶ月間、よく頑張りましたね、舞子さん。以前なら自分のことでせいいっぱいだったじゃないですか。食べて吐くことしか話題にできなくて。それが今は仕事のこと、子どもたちのこと、先輩先生のこと、いろんなことが話せるようになっています。ずいぶん変わりましたよ。しっかり成長して帰ってきてくれましたね」と、カウンセラーは舞子さんをほめました。

「仕事に関しては『境界線』の意識をもちましょう。「ここまではするけど、ここからは任せる」、これでやってみてください。それが自分なりに工夫できだしたら、またもう一歩進歩しますよ。そこで行き詰まったら、また話をきかせてください」。

自分なりに境界線が引けだし、先輩のアドバイスもわかってきた

舞子さんには受け持っている子どもたちへの『観察がこまやで、思いやりが大きい』という特性がありました。その気もちにそって誠心誠意がんばってきました。カウンセラーからもらった「境界線の意識をもちましょう」というアドバイスに沿って、自分なりに考えて取り組むようになりました。

やがて子どもたちの失敗、立ち止まり、問いかけ、なにもかもにすぐかかわる自分から、これは気になるけどしばらく見守ろう、これは任せてだいじょうぶ、これはすぐに助けてやらなくてはいけないなど。状況や内容に応じて、対応を変えることが少しずつできるようになってきました。子どもたちを見守っていると、自分で工夫したり友達に助けてもらったりしている姿もよく見かけました。先輩先生のアドバイス「子ども自身に任せることも大事なこと」という意味も理解できるようになりました。

境界線がひけだして3ヶ月がたち、不思議にも気を使い過ぎてクタクタになっていた自分からも解放されている自分に気がつきました。「楽だなあ。この方がずーと。気持ちも楽だしからだも信じられないくらい楽」。

舞子さんはまた元気をだして幼稚園の先生の勤務に出かけています。

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