外から帰ると、手洗いに一時間もかかる徳子さん(OL、24才)

夕飯どきに手洗いがやめられず、父親が一喝

強迫性障害(強迫神経症)で一番よく出る症状は「手洗い」である。外から帰ったら、手が汚れているようで気になってしかたがない。洗面所で洗って、洗って、「もうきれいになったやろ」と、思ってひと休み。新聞を読んだりしているうちに急にまたまた手の汚れが気になり出す。そうこうしているうちに、なんと一時間も洗い続けるようになる。「もういいかげんにやめたら」と、家族の人に言われても、まだ汚れているような気がして、洗うのをやめられない。

徳子もその一人だった。「徳ちゃん、いつまで洗ってるん。お父さん、ご飯食べるん待ってはるよ」と、母親が見に来た。「はーい、すぐ行きます」と、返事をしてからまた10分がたった。それでもやってこないので、とうとう父親が「いったい何分待たせるんや。徳子、ええかげんにせんか」と、怒りだした。徳子はぬれた手を胸のところあたりでぶらぶらさせながらやってきた。「お母さん、よごれてへんか見て」と、泣きながら両ほうの手の平を差し出すが、その手は洗いすぎて赤くなり痛々しそうだ。その様子を見て母親はもとより父親も「これはいかん。たんなるきれい好きやない。なんかの病気とちがうか」という不安を抱いたという。

二年前から「手洗い」の兆候があった

当センターの事前相談には、両親が参加した。「じつは、おかしいなと思いはじめたのは、ずーと前からなんです」と、母親が話しはじめた。二年前、徳子が仕事にでるようになった年の夏頃だ。「あれ、なんかよう手をあらうな」と、思い始めたのは。それでも仕事も休まず出勤するし、家でも生活上の支障はなかった。職場も初めは楽しそうだったが、だんだん「つらいから、行きたくない」と言って、泣いたりすることもでてきた。それでも頑張りやさんの徳子は、仕事を休むとか遅刻するとかいうことはなかった。「なんやその頃からですやろか、手洗いが長くなったなと感じはじめたんは」と、母親は記憶をたぐりよせるようにつぶやいた。

こだわり性の自分に気づき、操縦術をおぼえるお手伝い

話を聞いたカウンセラーは、強迫性障害(強迫神経症)におちいりやすいタイプについて次のように説明した。

「こだわり性で、納得しないと動けないタイプの人が多いですね。人からああせ、こうせと指示されて動くのがきらいです。自分から動くのはいいのですが、それには自分に力や経験がないとできないですね。それと本来の自分の性格である[こだわり性]に気づいていない。つまり気のいい、まわりに合わせながらやってきた自分。きづかいのじょうずな自分が本当の自分、と思っている。ところが実はそうでない自分がだんだん頭をもたげてきているんです。今までの自分だったらなんともなかったのに、なんか気になる、なんかいややなと思い出しているはずです。そういう自分を確認してみて、こだわり性が本来の自分なんやなと気づくお手伝いをカウンセリングでまずしていくことになるでしょう。自分をみなおし、自分にあった生き方を再発見していくことができるようになると、だんだん元気になってこられます。車にたとえると、馬力は強いけれど操縦しにくい車と言った感じです。自分という車は乗りかえられないけれど、運転技術は向上できますね。これを目標にします。上手になる芽が眠っていますので、それを目覚めさせて伸ばしていくというカウンセリングの方法をとります」。

「そう言われると、あの子、こだわり性のとこありますよね、おとうさん」と、母親はうなずきながら父親の顔を見上げた。

小さな主導権をとれることが、回復への大きな山

本人が家で小さな主導権がとれるようにもっていく。それには母との会話のなかで、主導権をとれることが一番の近道だ。犬の散歩にたとえると、犬が前を歩いて飼い主は後をついていくといった光景と似ている。一歩娘が前を歩いて親が後をついていく。会話のなかみがそのようになっているだろうか。例をあげて説明してみると。

例1

本人:きょうはえらい曇ってるな。

母親:うん、今日雨ふるゆうてたで。傘もっていきや。

コメント:小さな会話だけれど、「雨ふるゆうてたで。傘、もっていきや」というのは、母親が先に出ている。この場合は「そうやな、曇ってるな」という返事で止めておく。

例2

本人 きょうのおかずおいしいわ。

母親 そうか、ちょっと高かったけど、デパートでこうてきたんやで。

コメント:これも先に出ている。「そうか、おいしいか」で止める。その後「どこで買うたん?」と聞かれたら、「デパートや」と答える。

親が後からついていく会話は、「あなたがその話題について話しを続けてください。続けてたくなければ、やめてもいいんです。話題を変えてもかまいません」という暗黙のメッセージが含まれている。性格的には本来主導権をとるのが好きなので、こういう受け答えをしていると子どもはしだいに話を続けることに乗ってくる。このように小さな主導権がとれだすことが、治療の前進にみられる初めての大きな山となる。

せっかちな人が、身近にいませんか?

「徳子さんをせかせるようなタイプの人が、身近におられませんか?お父さん、お母さん、職場の上司、わりと身近なところにせっかちな人はいないでしょうか?」。まわりがせかせかと速いペースで動くと、本人も「私も速くしなくては」とあわせようとあせったりする。本来ゆっくりじっくりのペースなのに「はやく、はやく」と、自分のペースを無視して動こうとする。これがつまづきの始まりである。こだわり性の人はもともと完璧性なところがあり、完璧にできないと不安になりやすい。「不安にならないように完璧に準備しようとか、きちんとやりとげよう」ということに、だんだんこだわりだす傾向がある。

「気が済むまで洗う」というのも完璧性のなせる技だ。それをせかされたりすると、頭がパニックになったりする。又別のことでも「はよしーや」「まだやってんのか」と言われると、だんだん動けなくなったりする。せかされると自分が組んだ段取りが狂ったり、自分のペースが乱されたりするので、何をどうしていいかわからなくなってしまうのである。

そばにいる人は、できるだけ本人のゆっくりじっくりペースを尊重して、せかさないよう気をつける必要がある。別の表現をすると「本人の主導権をうばわないよう」にするということである。こんな対応のこつもカウンセリングで生活の記録にそって、家族に対してアドバイスを重ねていく。

(注:ここに書いてあることは、カウンセリングのなかのほんのひとこまのアドバイスである。素人判断で、この部分だけやってみてもうまく行かないときもある。そんなときはこだわらず、すぐに専門家に相談することをおすすめする)

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