こまやかな娘と、おおざっぱな母親、タイプのちがいがストレスに

豚ヒレ肉をたのんだのにバラ肉を買ってきたお母さん

ヒレとバラのちがいがわかりますか?ダイエットをしている人なら、敏感にそのちがいを言えるはずです。ヒレは赤身ばかり、バラは脂身が半分くらい混じっている。今回はこの豚肉の違いをめぐって交わされた母と過食の娘の会話をお話しましょう。おおざっぱな母親の対応が、その後の過食の引き金になっている様子です。

過食から立ち直りかけていた幸美。

幸美は過食から立ち直りかけていた。いままで引きこもっていた自室から出て、顔を洗ったり、パジャマを着替えたりできるようになった。「朝、目がさめたら窓をあけて、三回深呼吸してみましょう」。こんな状態のときセラピストが出したアドバイスはこれだけ。「三回深呼吸できました」「そう、できたの。よかった、よかった」。こんなやりとりが交わされ出して一月後、幸美は夕飯の手伝いもするようになっていた。

「お母さん、今晩の夕食私がつくってみようかな。これ買い物リスト。書いてみたの。買ってきてくれる?」「え、無理せんでいいよ。でもうれしいね。じゃ、頼もうかな」。お母さんも予期せぬ娘の申し出にとまどいながらも、うれしさを隠せなかった。「こんなに早く元気になってくれるなんて」、そう思いながらスーパーのお肉売場へ。ところが豚ヒレがみあたらず、バラ肉のパックがいっぱい並んでいる。「どうしよう、困ったな」そうつぶやきながらも母親は「ま、いいかバラ肉でも。おなじ豚肉なんだがら」。母親は気軽に判断してバラ肉を求めた。

スーパーの袋を開けてみて幸美はびっくり。脂身がいっぱいついた豚肉が。「お母さん、これちがうじゃない。私、ヒレ肉って書いてたでしょう」「ああ、でもなかったの。同じ豚肉だから、何とかなるでしょ」。この言葉で幸美は切れた。袋を投げ捨てるように置くと、自分の部屋へかけ込んでしまった。「お母さんはなにも私のことわかってくれてない。なんで私がヒレ肉でないといけないか。毎日太りたくなくてカロリー計算までして夕飯食べてるのに。こんな脂身のついた肉を平気で買ってくるなんて」。幸美の心は深く傷ついていた。「いつも夕飯の手伝いをしているから、私がどれだけ食べる物に神経をつかっているかわかってくれてると思っていた。もういや、お母さんは、私のことなんか、気にしてくれてもいないんだ」。

自室にかけ込んだ幸美は部屋から出てこなかった。深夜みんながねしずまってから、そーと台所に行き、冷蔵庫の中から食べ物を取り出すと、次から次へと食べまくった。「お母さんのバカ、お母さんのバカ」。泣きながら食べ物を口に詰め込んでいた。

幸美の過食は…。

このできごとのあと幸美の過食はまた元に戻ってしまった。「お母さんにはなんも私のことわかってくれてない」と、不信感もまたまた強くなっていた。聞いただけではなぜそこまで幸美が傷ついたのかわからないであろう。母親も「なんでかなって、わかりません。ヒレがないから、バラでいいかなって思ったんですけど。いけなかったんでしょうか」と、理解できないという表情だった。過食の人は食べ物に強い関心を持っている。とくにカロリーの高い食材は意識して遠ざける。「太りたくない」という願望が常にあるからである。そして「母親は私の味方。私の一番のよき理解者」という信頼感が芽ばえつつあっただけに、がっくりときたのであろう。

こうした繊細な気持ちをどう理解するか。日常生活のなかで本人の気持ちをどう受け止めるか。娘の網の目のこまやかさと、母親のおおざっぱな網の目の違いは認識できているだろうか。毎日の生活のなかで親側が網の目を少し小さめにして娘の網の目に合わせるという努力が必要となる。

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