アドバイスに沿って、小さな地味な努力を積み重ねること

良い変化は、アドバイスを忠実に守った母親の成果

母親はカウンセラーからもらったアドバイスをまとめてみた。うっかりと忘れないよう、紙に書いて冷蔵庫の扉にはっておいた。

  1. 徳子は、こだわり性で納得しないと動けないタイプ。
  2. ゆっくりじっくりペースを尊重してやる。
  3. せかしたり、焦らせたりしないように気をつけること。
  4. 手を洗いだしたら、「気のすむまであろたらえんやで」と言ってやる。
  5. 小さな主導権をとらせてやる。とくにふだんの会話は、親が聞き役になる。

簡単なようでじっさいにやろうとすると、なかなかむつかしいものだ。毎日のさりげない場面で出てくるので、よけい「あ、しもた。ついうっかり」してしまうことが多い。そこで母親は忘れない工夫として、紙に書き冷蔵庫に張り出して毎日眺めることにしたのだ。小さなことの地味な積み重ねだが、この努力は大きな変化をもたらした。

それから三ヶ月後、徳子さんの手洗いはだんだんと減ってきた。手洗いが気になって洗って、洗って。一時間洗ってもやめられない状態だったのに。「お母さん、きれいになった?見て見て」と、きれいになったか確認してもらわないと気がすまないように、うるさくつきまとっていたのに。これらの行為が、次第に少なくなってきたのだ。

「毎日お母さんと30分、話しをしてください」

カウンセラーから出されたアドバイスを守る母親の熱意と努力、そして徳子さんの症状の改善を確認して、カウンセラーはさらに次のステップの課題を出した。それは次のようなものである。

課題

一日30分、お母さんと二人で会話をしてください。話題は症状に関する以外で。

  • 基本的には「雑談」を。
  • 徳子さんの仕事の愚痴や不満上司の悪口でもOK。
  • 好きな物さがし。食べ物、ファッション、アクセサリー、色、映画、花などなんでもよい。徳子さんの好きな物をさがしましょう。お母さんはそれを書きとめてください。

注意点

あくまでも徳子さんが主導権をもって、すすめること。お母さんは、せかさずじっくりと聞き役に徹すること。

お母さんと「お花をいける」ことが楽しみになって

課題は、着実に守られた。二人で映画にでかけたあとは、ストーリーや好きなアクターの話で盛り上がる。気に入った雑貨屋さんでアクセサリーを選んだり、家具やではちょっとかわった椅子をほしがったり。なかでも徳子さんが気に入ったのは「花」だった。出かけるたびに花屋さんに寄って、徳子さんは気に入った花を買ってくるようになった。

初めのうち徳子さんは帰ってくると手洗いがしたくてしたくて、手の汚れが気になって仕方がなかった。「でも買ってきたお花をお水切りして、早くいけてやらないとかわいそう」と思っているうちに、手洗いの意識がうすらいでいった。母親といっしょにアレンジしながら、花瓶や飾る場所を選ぶのも楽しかった。「ね、お母さん、この花「かすみ草」っていうんやで。知ってた?」「徳子、テーブルの上にかざろうか、それともサイドボードがええかな」。こんなさりげない話題が母と娘のあいだで、交わされていた。この光景は長い間「手が汚いから洗わないと」「もうええ加減にしたらどない」といった、ギスギスしたけんか腰のやりとりとはほど遠いささやかな楽しい会話であった。

こうしていつのまにか二人で外へでかけて、お花を買って帰り、すきな花瓶に好きなようにいけるということが、徳子さんの楽しみになってきた。気がつくと手は汚れているのに、それほど手洗いにこだわっていない自分になっていたという。

「気がすむまで時間かけてあろたらえんやで」

「この調子で続けてください。こんな楽しい地味な積み重ねが、長い目でみると効果がありますのでね」と、カウンセラーは励ました。手洗いに関しては「洗いたかったら、好きなだけゆっくり洗ったらええわ」という気持ちで。母親もいつのまにか「まだあらってんの」とか「もうええ加減に洗うのやめたら」は、言わなくなっていた。「徳ちゃんの気が済むまで、時間かけてあろたらえんやで」と、カウンセラーにアドバイスを受けたように対応している。

徳子はそんな母親についてこう話した。「前は『早くしなさい』とか『もうええ加減に手洗いやめんかいな』とか言われると『あ、いかん、また長いことあろてる。もうやめなあかん』と、あせってしまって。それでよけいやめられんようになってしまってました。けど『ゆっくり気がすむまであろたらええんやで』って言われると、『あ、そうか自分のペースでええねんな。そしたらそろそろ終わりにしよか』と、自然にやめられるようになってきました」。

人に言われてやめるのは、やめたことにならない。それどころか「やめさされた」というイライラ感が残り、よけい洗いたくなる。洗うのもやめるのも自分の意志でできだすと、少しづつ「手を洗う」というこだわりから脱出することができる。

文章で書くとすんなりいくように思えるかもしれないが、本人にとっても家族にとっても、ここまでくるのは長い辛抱の道のりである。

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