8話:文句言い―しっかりとお母さんに文句が言えてますか?(千加 高三、過食歴一年)

「私もあんなスマートな体になりたーい」

千加は高校に入るとすぐに、新体操のクラブに入部しました。「見て、あの動き、まるでシャム猫みたいやんか」と、しなやかな動きの先輩選手に見とれていました。「私もあんなスマートでかっこいい選手なりたーい!」と、千加はあこがれの気持ちでいっぱいでした。やがて努力のかいあり、二学期の終わりには、レギュラー・メンバーの候補に名前があがるようになりました。「リボン運動なら、誰にも負けないわ」と、胸をはって練習を続けていました。

ところが思わぬところで「過食症の落とし穴」が、待ち受けていようとは夢にも思いませんでした。

「もうちょっと体重減らせないかな」と、コーチに言われて

冬休み前のこと、千加は二年生になったら試合のレギュラー・メンバーに選ばれたくて、一生懸命練習していました。ところがコーチに「千加ちゃん、もうちょっと体重減らせないかな。ジャンプの高さ、ちょっと足らないの。それに左右の切り返し、にぶいわよ」と言われました。千加は自分でも最近太ってきたことを気にしていたので、内心ドキッとしました。「もっとやせないと、県大会のレギュラーに選ばれないかも」と、思ったのが千加のダイエットを始めるきっかけでした。

ダイエットから、食べるのが止まらない過食症に

多くの若い女性たちがそうであるように、「やせたい」という願望から千加もだんだんダイエットにはまっていきました。食べたいのをガマンして「あー、やっと1Kgやせられた、うれしーい」と、満足感いっぱい。

このサイクルで動いている間はいいのですが、ある日突然に歯車がかみ合わなくなり「ウーッ、あれも食べたーい、これも食べたーい」と、食べたい衝動がおそってきます。ふと目にした一箱のチョコレートが導火線となり、過食の爆弾が破裂。目につく食べ物を次から次へと口に入れて、止めたくても止まりません。食べたあとは太る恐怖にさいなまされ、「またやってしまった。私はもうダメだ」とうつっぽい気分に沈んでしまいます。やがて「吐きさえすれば、食べてもやせていられる」という恐い知恵がつき、だんだんと過食症の深みにはまってしまうのです。千加も例外ではありませんでした。

当センターの「過食症専門外来」で、治療プログラムをスタート

千加が母親にともなわれて淀屋橋心理療法センターの「摂食障害・過食症専門外来」にやってきました。話を聞いたセラピストは、「運動選手によくあるんですよ。こないだもマラソンの選手がこられてました」と説明。それを聞いて千加は「そうか、私だけやなかったんや」と、内心ホッとしたようです。「もちろん選手としての体重コントロールをしただけで、過食症は治るというものではありません。ご家族との関係もかなり重要な意味をもつことがよくあります。カウンセリングはこの二つの要因を念頭においてすすめていきます。お母さまにもアドバイスをおだしし、課題をこなしていただきます。よろしいですね」とつけ加えました。

まず「体重コントロールプログラム」をたてることを提案。千加の場合は「レギュラー・メンバー選考からはずされたくない」という目的がはっきりしていること、また「県大会の日にちも決まっている」という動機づけがそろっています。こういう状態のときは本人の意欲も高く、セラピストと二人三脚で取り組むことが比較的効果をあげます。

過食症の治癒に欠かせない「家族との関係」にもベクトルをむけます。家でどのように千加はふるまっているかとか、どんな会話がかわされているのか、などをセラピストは聞いていきました。母親には食事のコントロールに協力してもらうだけでなく、家で実行しやすい細かなアドバイスをだしました。そういう意味では三人六脚とも言える治療プログラムです。三人が足並みをそろえ一丸となって取り組むことで、過食症は少しづつ快方にむかっていきます。

「甘えん坊で、おっとりやさん」の千加ちゃんが浮上

家庭でのようすを聞いていくうちに千加はすぐうえに姉がいて、どちらかというと甘えん坊の立場で育ちました。「ほら、千加ちゃん、これもって。はやくしないと学校おくれるよ」と、お姉さんがせかします。よこから母親も「ほんまに千加ちゃんは、たよんないなー。自分のことくらいちゃんとやりーや」と、言います。一時が万事、こういうのりで家のなかがまわってきたことがわかりました。こんな状態から「甘えん坊で、おっとりやの千加ちゃん」というレッテルが貼られていたようです。

貼られたレッテルから下りるということは、本人にとってはとても難しいことです。「私はおっとりなんかしてへんで。ほんまはイライラするし、自分をしっかり出したいんや」と内心では思っても、ついつい母親や姉から言われたとおりに動いてしまいます。自分を少しづつ出す練習も、カウンセリングで母親に協力をえながら並行してやっていきました。

「お母さん、私のこと反対ばっかりして」と文句が言えだして

「お母さん、次の日曜日から強化合宿があるねんよ。そろそろ下着やなんか買いそろえんと。ちょっと私、昼から買いに行ってくるわ」と、千加は言いました。「えー、買いものに。あんた風邪ぎみやゆうてたやん。そんな人混みのなかへ、今日いかんでもええやろ」と母親。いつもはこれですんなり「ふーん、じゃそうするわ」とおさまるのですが、その日はちがっていました。「お母さんはいつでも私がなんか言うと、必ず反対する。そんで自分の意見をいうんや。ほんまに腹立つわ!」と、きつく言い返してきました。

これまではこうした母親への小さな文句は、うかんでも千加は飲み込んでいました。そして知らず知らずのうちに「食べ吐き」で解消していたようです。千加はいつもカウンセリングで言われているアドバイスを思いだしました。「『小さな文句』を大事にしましょう。イラッイラッとしたり、腹がたったりしたら、できるだけそれを言葉で言うようにしましょう」。「そうや、ここでお母さんに私が腹たったこと言わんとあかん。だまって飲み込んだらあかんのや」と思ったそうです。そして言った後、思いがけずすっきりした気分になれたので、自分でもびっくりしたと、話していました。

「千加ちゃん、ジャンプ、すごくいいよ」とコーチにほめられて

来所して三ヶ月年がたちました。千加とセラピストの二人三脚で取り組んだ「体重コントロール・プログラム」は、着実に効果をあげていきました。その結果、体重は合格ラインをキープし続けました。また生活のなかで母親に協力してもらった「文句を言う」回数も増え、今ではかなりスムーズに言えるようになっています。

発症してからすぐに来所したこと、専門家のアドバイスを受けながら過食症の治療プログラムに取り組んだこと、また体重を減らす目的がはっきりしていたことなどが、早期の良い結果につながったようです。

過食の量や回数を減らすことができ、千加はとうとう念願の県大会のレギュラー・メンバーに選ばれました。

「千加ちゃん、ジャンプ、すごくいいよ。よくここまで体重へらしてこれたね。その頑張りで県大会へゴーよ!」と、コーチの言葉に千加はうれしそうにリボンをくるくるまわしました。

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