5.浮上してきた美雪の心のわだかまり

父親への気持ちがほぐれてきた

母親が病気になって、父親がその介抱をするというシナリオは、なんとかうまくいったことが二人から報告された。「よくやっていただけました。なかなかいい形になってきましたね。たいへんだったと思います。それでその後の美雪さんの様子はどうですか」と、カウンセラーは聞いた。

美雪は懸命に介抱する父親の様子をみて、気持ちが変わってきたようだ。今まで顔を合わすのも避けていたのが、仕事からかえると「おかえり」と、言葉をかけるようになってきた。テレビも一緒にみながら、笑ったり「お父さん、野球みるんやったらチャンネル代えてもええよ」と、言うようになった。

一つ一つの糸がほぐれてくるのを確認しながら、カウンセラーは次のアドバイスを与えた。「美雪さんが話されて、お母さんとお父さんが後をついていかれるという会話の形が一番いいんですよ。先へ先へと言葉を進めたり、「それはこうやろ」と、親がまとめを言ってしまったりしないよう気をつけてください」。

それでもこのままスムーズにいくとは思えない。これはやっと美雪の心のなかのわだかまりが、浮上しやすい準備ができただけであろう。「お父さん、お母さん、これからですよ。しっかりと心を引き締めておいてください。おそらく美雪さんは、なにかをきっかけに今まで溜まっていた親への不満や批判などを、ふつふつと言い出される時がくると思います」と、先取りして警告をだしておいた。

父親の言葉が美雪の心に怒りの火をつけて

何気ないことをきっかけにその時はやってきた。美雪が「あのな、私、小松菜のおしたしつくってみてん」と、めずらしく夕飯の一品をつくって差し出した。「そうですねん。手伝ってくれましたんやで、お父さん」と、母親もうれしそうにつけ加える。「どれどれ」と、父親が一口食べて「なんや、ゆがきかたが足らんのとちがうか。芯がまだ固いで」と、言った。それが美雪のかんにさわったのか、とつぜん怒りだした。「お父さんは、私の作ったもの、けちつけはるんか」と、顔がひきつってきた。「いや、そやないで。ゆがきが足らん、ゆうてるだけやないか。そない怒らんでも」。「お父さんは、小さい頃から、私のしたことを、ほめてくれはったことがない。なんでもケチつけて。私には心のなかに親の愛情貯金がないんや。こんなみじめな私の気持ちがわかるか」と、大泣きに泣き出した。

それからが大変だった。テーブルに上に並べられていた料理をひっくりかえしたり、お茶碗を割ったり。両親が二人してやっと押し止めたが、美雪の泣き叫びは止まらなかった。「あんたらの育て方が悪いんや。なんでも自分らの思い通りにしようとしてきたやんか。私がしたこと認めんと、あれもできてへん、これもできてへんゆうて、文句ばっかりゆうて。ちょっとでも私にできるように教えてくれはったことあるんか。ケチばっかりつけて」。

溜まり溜まった怒りが出てきたのは、良いきざし

「小松菜のおしたし騒動」で、美雪の怒りが爆発してからはじめての面接だった。「それは大変でしたね。その後どうですか、美雪さんのほうは」と、カウンセラーは聞いた。それ以後、美雪の口からどんどん不平不満愚痴がでてきて、どうしようもないらしい。「もう耐えられません。私ら、そないなこと美雪がおもとったんかと、なんも気づかへんかったことばっかりで」「そうですねん。『お父さんはややこしいことみんな美雪に押しつけて、逃げとった』ゆうんですわ」と、父親もどうしていいかわからないようだ。

とうとう出てきたか。いや、やっと出てきたと言える。おそらく今のひきこもり状態に到るまでには、口には言い表せないほど、いっぱい美雪の心のなかにわだかまりが溜まっていたにちがいない。それがやっと言えるようになったようだ。カウンセラーは二人に説明した。「お父さん、お母さん、しばらく覚悟してください。美雪さんの不平不満や怒りはまだまだ続くでしょう。これを辛抱してしっかりと聞き役にまわって受けとめてあげてください。怒りが出てきたのは、長い目でみたら良いきざしなんです」。「そんでも、わたしらに身に覚えのないことゆうても聞いてるだけでいいんですか」「あの子がまちがってとらえてることようけありますんや。それをわからせてやらんでもええんですか」と、二人は不安そうにアドバイスを求める。「だまって聞き役にまわって。なにも間違っているからと正す必要はありません。心の底に溜まり溜まっていたわだかまりを、今吐き出そうとしておられるのです。またとないいい機会です。これはチャンスですよ」と、カウンセラーは重ねて両親に言い聞かせた。

「毒出しの時期」とも思える時がやってきたようだ。ひきこもって大人しいと思われた美雪が、反乱をおこしはじめた。この厳しい時期をくぐり抜けたら、また本当の親子関係を築く土台ができてくるであろう。美雪はひきこもりから脱皮して、少しづつ新しい自分の道をみつけていくきっかけを手にするであろう。その時から本当の「ひきこもりからの脱皮」のカウンセリングが始まるのだ。

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1.1.ひきこもりの第五段階にいたって来所した両親

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2.2.父親の家事協力が、母親を勇気づけて

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3.3.好きな物を用意して、母親から話しかけてみる

母親から先に話しかけてみると いつもは美雪から「お母さん、きて」と、呼ばれてから母親は部屋へ行っていた。そこでさんざん愚痴や不満を聞かされて。「もうええやないか」と母親が言うと、「なにゆうてるんや。あんたらの育て方が悪い […]

4.4.美雪は半年後、母親とデパートにでかける

友人から結婚式の招待メイルがきて 母親の美雪へのこまやかな対応は折にふれ続けられた。美雪の好きな物を中心に語りかけ、美雪が話しの中心になるように会話も工夫された。すべて面接でカウンセラーと話し合って、導き出されたアドバイ […]

5.5.浮上してきた美雪の心のわだかまり

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