4.「息子と野菜づくりを」と、父親が提案

息子の話を聞くがわにまわるしんどさ

「しっかりと洋次君の話す言葉に耳をかたむけてあげてください。聞くだけでいいですよ」というカウンセラーのアドバイスは、正直のところ父親にとってはしんどいことだった。今まで自分の意見が家族の中心で、まわりの者が自分の言葉に耳をかたむけるというのが習慣だったから。それに気に入らないと思ったらすぐに「なにゆうとんじゃ、親の言うことがきけんのか」と、怒鳴りつけてすませてきたから。

この「耳をかたむける」という一連のトレーニングは、半年続いた。はじめのうち父親は、つい口をはさんで洋次の話をさえぎってしまったり、「その話し前にも聞いたがな」といった否定的な発言を出しがちだった。しかし回数を重ねるごとに、そうした父親のくせもおさまって、洋次の話しに耳をかたむけられるようになってきた。

父親が息子といっしょに「野菜づくり」をしたいと

「先生、洋次といっしょに野菜つくろうかと思うんですけど、どうですやろ」と、ある日の面接で父親からこんな質問がだされた。息子が「曲がったきうりやへしゃげた茄子でも、自分で育てた野菜が食べたい」というのを聞いたからだ。「私も思い出しました。小学生の時いっしょに野菜作りして、ほんまに嬉しかったなと。『できた、できた!』ゆうて、茄子やきうりもってはしゃいでた洋次の姿が。そういえば怒鳴りつけるばっかりで、あいつの喜ぶこと、なんもしてやらんままやったんとちがうか思いますねん」と、父親はとつとつと話す。母親も「はい、この相談を聞いたとき、びっくりしました。この人が、子どもにこんな対応をしてくれるなんて。かわらはったなと思います」と、うれしそう。「そうですか、それは一つの試みですね。どうすればお父さんと洋次君の会話のパイプをつなげられるかと、考えていたところです。いちど洋次君に話してみましょう」と、カウンセラーも賛成した。

しかしどうだろう。はたして洋次が素直に父親の提案を受け入れるだろうか。事あるごとに、上から命令調に言ってきたし、スパルタ式で怒鳴りつけてきた。洋次の言い分を聞こうともしなかった。たしかに来所してこの半年のあいだに、ずいぶん父親の洋次に対する対応も変わってきた。話しにもしっかりと耳を傾けられるようになった。「なぜ学校へ行ったり、外で働いたりできないのか。怠けてるだけではないか」という固定した考え方から、「息子には息子の持ち味があり、それをまだ十分に伸ばしきれていないんだな」というとらえ方に変わってきた。

洋次もそうした父親の変わりようを、肌で感じているにちがいない。少しの会話ならできるようになっているし、母親と三人でドライブがてら海水浴なども行けることもあった。その父親の申し出を受け入れて、二人で野菜づくりができるだろうか。

『「野菜づくり」もう一回したい』

カウンセラーは洋次に、父親の希望を話したところ、「おとんと二人で?」と、言ったきり考えこんでしまった。「そら、むりかもな。急にそんな作業を二人でやるなんて、君にはできないことやろ。いややったら、いややと正直に言ったらいい。自分の気持ちをありのままに、伝えることが一番大事ですから」と、カウンセラーは洋次が答えやすいようにフォローを入れた。

しばらく沈黙がつづいたあとに、「僕、ほんまは、野菜づくり好きや」と、洋次が言った。「え、ほんまか。あんた、好きなんか」と、びっくりしたように母親が言う。「それやったら裏のあいてるとこで、やってみいひんか」と母親がつけ加えると、「ええで、裏やったら」と、洋次。

「おまえが小学4年のときやったな。きうりと茄子植えたでな」と、父親も洋次の言葉にうれしそうだ。面接をスタートして、半年あまり。こんなにも父親に変化がおき、洋次の気持ちも変わってきたのか。

しかしここで喜ぶだけではいけない。今度失敗したら、もう二度と洋次は父親の言うことを受け入れようとはしないだろう。また自室にひきこもってしまうかもしれない。そこでカウンセラーは慎重にこの野菜づくりの計画を進めていくことにした。両親との個別面接をもって、細かな取り決めを相談した。「やさしい野菜作りの本を買ってきて、洋次が納得するまで話し合うこと」「決して洋次より先へ先へと手順を進めないこと」「野菜づくりのプロセスで洋次が出す要望は、できるだけ受け入れること」「じっくり、ゆっくりと、洋次のペースにあわせて動くこと」などを、アドバイスとして出した。

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