3話:柚子の香り―「しんどくて私、なにもできない。だって過食症やもん」が消えて

柚子の季節がやってきました。あのあまーいそれでいてすっきりするような香りに、思わず顔を近づけたくなります。このころになると、いつも笑顔でやってくる過食症の恵子さん(17才、高2)がいます。

「過食症やから・・できない,○○するのいやや」

せっかく入れた第一志望の高校だというのに、今では不登校ぎみ。行ったり行かなかったり。恵子さんは過食症になってから、なにをやっても中途で投げ出してしまいます。

「だって私過食症やもん・・そんなしんどいことやってられないわ」 

「太ってるから外に出るのいや。こんなからだ、だれにも見られたくなーい」

「食べ物が頭のなかをぐるぐるまわってるから、私、なにもできない」

恵子さんは、いつのまにか「だって私過食症やから・・そんなことできない、するのいやや」が口癖になっていました。

くもりガラスに「お父さんのバカ」って書いた

「小さな良いことさがしませんか」と、過食症のセラピスト(カウンセラー)は、語りかけました。

「小さな良いことって?」

「毎日の生活のなかで、あれって思うほどささやかな良いこと。うーん、たとえばね、『あんころ餅、やわらかくておいしかったよ』とか『庭のさざんかの花、咲いてたわ』とかなんだけどね」

恵子さんは首をかしげて考えていました。「こんなんでもいいんやろか。お風呂でね、湯気でくもったガラス にね、「お父さんのバカ」って書いたんや。おかしかったわ」。「うん、うん、そんなんでいいのよ。あ、お風呂で思い出した。これあげる。柚子っていうんよ。お風呂に浮かべたらええ香りするよ」と、セラピストは一個の黄色い柚子を手わたしました。

柚子の香りが恵子さんを包んで、過食を忘れさせてくれた

次のカウンセリング面接に恵子さんは、少し元気になってやってきました。「先生、これあげる。こないだのお礼」と、手には柚子がにぎられています。「お風呂にほりこんで『ええにおいやなー』ってかいでたら、スーッとしてきて」と、うれしそうに話します。いままで恵子さんがこんな笑顔で話したことはありませんでした。「あのね、あとで気がついたんやけど、そのとき、食べ物のこと、わすれとったわ」。「えー、ほんと!柚子の香りが過食を忘れさせてくれたの」と、セラピストはびっくり。そして「あー、これが先生の言われた『小さな良いこと』やろか」と、気づいたと話します。

それから恵子さんは、積極的に「小さな良いこと」をさがしはじめました。「わたし、青い空に白い雲って、こんなにきれいやったなんて気がつかなかったわ」「イチョウの葉っぱ、黄色くなってきれいやわ」。そして「しんどくて、私、なーんもできひん。だって私、過食症やもん」という言葉がいつのまにか消えて、食べる回数や量も少しづつ減ってきました。

「あの柚子が、お風呂に浮かべるとなんともいえない香りがたちこめ、心とからだをフワーッと包んでくれて、恵子さんの過食症からの立ち直りに、大きなきっかけを与えてくれたんだな」と、セラピストはしみじみと思いました。

(2008.01.15)

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