3.父親とうまく話せない洋次の姿がうきぼりに

好みがはっきりしてきた

「好きな物さがし」をつづけていくなかで、だんだん洋次の好みがはっきりしてきた。食べ物ではあっさりした物よりは、天ぷらのようなこってりした物のほうが好き。お茶は紅茶よりはコーヒー。洋服はブルーのTシャツに濃いめのジーンズ姿がお気に入り。曲がったきうりや茄子でも自分で育てた野菜が食べたい。車はどっちかというとスポーツタイプの車が好き。旅はえっちらおっちらとリュックを背負って歩く旅に山小屋ふうの宿がいい。他にいっぱいあるが、ここまで好みが明確になった時点でカウンセラーは次のステップに進むことにした。

両親にうまく話せない洋次の姿

「洋次君、それじゃ今日はね、今まで君が気に入って切り抜いたものをつかって、お父さんとお母さんに説明してみよう。写真をみせながら、ここが気にいってんねんとか。思いついたことをなんでもいいから、話してみてください。今日は洋次君が自分のリズムで語るっていうことをやってもらいます」と、カウンセラーは説明した。

テーブルの上には今まで切り抜き作業で集めたいろんな写真が、お菓子のように入っている。その中に手を入れて一枚とりだした。それはお気に入りの車の写真。洋次は手に持ったままじーとしている。

カウンセラー:車の写真がでてきましたね。ゆっくりでいいですよ。

洋次:はー。・・・(口をもごもごさせている)

母親:そんな車が好きなんか。えらいスマートやな。

父親:(のぞきこんで)ほー、うちの車とはえらい感じがちがうやないか。

洋次:あー、・・・・

両親に「洋次との話し方を増やす」課題をだす

しばらく待ったが洋次の口からは言葉が出てこなかった。次の写真を手にしながらもぞもぞ。足をなでたり、肱をついたり、上を見たり下を見たり。両親はまだかまだかと思いながらついせかす言葉がでてしまう。「そいで、今度はそんなとこへ行ってみたいんか?」と母親。「おまえは小さい頃から土いじりが好きやったな。父さんとまた栽培やろか」と父親。二人とも息子が少しでも話しやすくなるようにと、水を向けているつもりであろう。しかし洋次の表情はだんだん固くなっている。

そこでカウンセラーは流れを一時中断して、両親のみの面接をもった。「なかなか言葉が出てこないようですね。洋次君の場合はむりにしゃべろうとしたら、よけい固くなってしまってしゃべれなくなるようです。おうちでもこんなふうですか?」。お母さんは「今日はちょっと緊張しているようです。でもふだんからあまり話をしません」。「そうですか。それじゃ、どうすれば洋次君が少しでもお母さんと多く話せるようになるか、一度工夫してみてください」と、カウンセラーは課題を出した。お父さんとの会話はいっそうしんどそうに見える。この様子ではまだまだ道のりは遠そうだ。そこで「お父さんは、洋次君とお母さんの話の聞き役をつとめてください。今の段階では聞くだけでいいと思います」と、父親にも課題を与えた。

だんだん話し言葉が増えてきた洋次

好きな食べ物の切り抜きが出てきた。それを壁に張り出していく。全部で5枚。天ぷら、ハンバーグ、ステーキ、貝のムニエル、クリームしちゅう。どうやらこんな物が洋次の好みの料理らしいとわかる。

カウンセラー:そうそう、これを切り抜いた時には思わず声がでたんですよ。「うまそうっ!」って。それじゃはじめましょうか。

洋次:(天ぷらの写真をさして)これ、海老や。大きい海老や。

母親:ほんまやな。

洋次:ステーキはサーロインが一番おいしい。ヘレはあぶらみ少ない。カスカスしてる気がする。

母親:そうか、カスカスな。

父親:(うなずきながら聞き入っている)

洋次:あんな、ステーキソースゆうてあるやん。おっかあ、ときどきかけとうやん。あれ、ほんまはむだや。ステーキの肉の味で食べるんがええねんで。

母親:え、ほんまか。今度きーつけるわ。

前回の流れとは違う。黙ったままもぞもぞしていた洋次が、少しづつでもしゃべりだした。時間の流れはたしかにゆっくりと、沈黙の間もけっこうある。それでも両親は辛抱強く待った。母親は、自分なりに工夫して、さらにカウンセラーからもらったアドバイスを守りながら。

やはり洋次は、自分の話しをしっかりと聞いてもらうのがいいようだ。ただ黙っていると、だんだん口が重くなるので「ときどき相づちをうったり、大きくうなずいたりしながら、聞いてみてください」というアドバイスをつけ加えた。両親はカウンセラーのアドバイスを受けながら、面接室で対話の練習を何回か重ねるうちに、洋次への接し方が少しづつ理解できてきた。

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