2.父親の家事協力が、母親を勇気づけて

「あれせー、これせー」でくたくたの母親

美雪の目がさめるのは、お昼近くが多い。起きたらすぐに母親を呼ぶ。「おーい、おかあさーん、朝ごはんもってきて」。まるで当たり前のようにお盆を受け取り、一人で食べる。一度母親が「食べるもんくらい、自分で運んでくれへんか」と言ったら、「なに文句あんの。こんなもんいらんわ!」と、お盆ごとひっくり返してしまった。それ以来母親は怖くてなにも言えない。食器は食べ終わったら、戸の外にだしてある。

「ちょっときてよ」と声がかかる。一階にいる母親は、その度ごとに、階段を大急ぎで駆け上がる。「なんや」と言ってしばらく待っていると、戸が中からあく。「これ、これ買ってきて」と、必要な物を書き出したメモがわたされる。「えーっと、化粧水、ナイトクリーム、レポート用紙。こんでええんやね。急ぐん?」「当たり前やないか。今日中やで」「はい、わかりました」といった会話が交わされている。

そんな細かな美雪との会話や生活の様子をメモしながら、カウンセラーは考えた。「母親を召使いのようにこきつかっているな。どうすればこの関係を改善する糸口がみつかるだろうか。その前に母親の休憩が必要だ。これでは心も体ももたないにちがいない。カウンセラーは「お母さん、息抜きの工夫はされてますか?」と、聞いてみた。母親は「先生、ようゆうてくれはりました。もうくたくたなんです。でもなんともなりません」と、母親はつらそうに答える。これでは面接の効果が期待できないばかりか、じっさい課題をだしても家でやってくるだけの余裕はないだろう。

会話のなかから好転のヒントをさがす

やはりあった。つぶさに生活の様子を追っていくことで、美雪と母親との会話は交わされていた。あまりにも母親を非難することばかりなので、思い出すのもいやだったのだろう。次にその一部を書き出してみた。

母親:美雪ちゃん、ごはんもってきたよ。あけていい?

美雪:あかん、待って。私があけるから。なんや、これだけ。ろくなものないな。もっと私のすきなおかずつくってーや。

母親:あ、ごめん。でもおいしいゆうて、みんな食べてくれたで。

美雪:お兄ちゃんがやろ。私のことなんかどうでもええんやろ。お兄ちゃんさえよかったら。

母親:そんなことない。あんたのこと・・・・

美雪:うるさい。私の人生だいなしにしてしもて。これからどないしてくれるねん。

母親:そんなことゆうたかて。これからのことは、ゆっくりいっしょに考えよう。

美雪:なにを考えんねん。もう考えるのしんどいわ。(ピシャと、戸をしめる)

「いつもこんな感じですか。美雪さんのごようすは」。「はー、これでもようしゃべってるほうです。なー、あんた」と,母親は父親に同意を求める。「そうですねん。いつもやったら『そこに置いといて。ピシャ!』と、戸しめて終わりですわ。ほんまにこれ(母親)にはきつう当たります」と、父親は言う。

どこかに糸口はないだろうか。カウンセラーは提出された記録のなかから、何かないかと目をさらのようにして探し回った。美雪と母親の間が好転して、もうすこし雑談がかわされる関係にもっていくヒントが。「あ、あった!ひょっとしてこれを繰り返せばうまくいくかも」という部分がみつかった。

父親の家事協力で母親に休みを

カウンセラーは父親に協力を申し出た。「いいヒントがみつかりました。しかしこのままではお母さんが、疲れで倒れてしまわれるでしょう。ヒントを実行に移す前に、どうすればお母さんに休養をとっていただけるか、話し合ってください」と、課題を与えた。やく15分ほどカウンセラーは面接室を離れた。その間、両親は作戦を練れたであろうか。

「さあ、どうですか。いい対策はでてきましたか」と語りかけると、父親が説明を始めた。「先生、私が直接美雪になんかするゆうんは、無理ですねん。あいつ、私の顔みたら避けて近寄りもしませんねん。そいで家事を手伝おうかと思うんですけど」。父親は食事のあとのテーブルの片づけやお茶碗あらいの役をひきうけることにした。それと土日の洗濯物をすることと。仕事の帰りにマーケットでキャベツやじゃがいもなど重い物は、父親に頼んで買ってもらうことなどが決められた。

「助かります。お父さんがこれだけ家事に協力してくれはったら。それに美雪のことも、私一人で頑張ってるんやない。この人も一緒にやってくれてるんやと思うと、元気がわいてきますわ」と、母親はうれしそうだ。

これで母親の時間的、体力的なよゆうが少しは確保できた。これから本題の美雪への効果的な働きかけに入っていく。「やっぱりあきませんでした」ということになっては、取り返しがつかない。ほんのわずかな好転への望みをかけているのだから、なんとしても成功させたい。環境設定がようやく整えられた。

関連記事

2009.01.06

出版本のご紹介:『過食症と拒食症』―危機脱出の処方箋―

2.『過食症と拒食症』― 危機脱出の処方箋 *出版社:星和書店(2001年) *著 者:福田俊一(所長、精神科医)、増井昌美(過食症専門セラピスト) 「摂食障害へのエコロジカル・アプローチ」 日常の家族関係の中から危機脱 […]

2014.06.27

【非行】バイト先の飲食店に親を誘う高校生の心理

高校生の非行の子をお持ちの親御さんにとって、非行の子は「親に反発ばかりしている子」という固定概念があると思います。確かに耳の痛いことを言われたり、重たい話をされると嫌がって反発する子は多いし、中には極端に親を避ける子も。 […]

2014.08.07

摂食障害(過食症・拒食症)のカウンセリング治療に、親ごさんの協力は不可欠

摂食障害(拒食症)のカウンセリング治療は、淀屋橋心理療法センター(大阪)の「摂食障害専門外来」で行っております。 (大阪府豊中市寺内2丁目13-49 TGC8-201(06-6866-1510)) (TEL: 06-68 […]

シリーズ記事

1.1.ひきこもりの第五段階にいたって来所した両親

結婚を見こして8年いた職場をやめる 美雪が自分の部屋にひきこもるようになったのは、2年前。それまでは大阪の本町で商社に勤めていた。短大を出てからの勤務だったので、8年間になる。そこをやめることになったのは、女性ならよくあ […]

2.2.父親の家事協力が、母親を勇気づけて

「あれせー、これせー」でくたくたの母親 美雪の目がさめるのは、お昼近くが多い。起きたらすぐに母親を呼ぶ。「おーい、おかあさーん、朝ごはんもってきて」。まるで当たり前のようにお盆を受け取り、一人で食べる。一度母親が「食べる […]

3.3.好きな物を用意して、母親から話しかけてみる

母親から先に話しかけてみると いつもは美雪から「お母さん、きて」と、呼ばれてから母親は部屋へ行っていた。そこでさんざん愚痴や不満を聞かされて。「もうええやないか」と母親が言うと、「なにゆうてるんや。あんたらの育て方が悪い […]

4.4.美雪は半年後、母親とデパートにでかける

友人から結婚式の招待メイルがきて 母親の美雪へのこまやかな対応は折にふれ続けられた。美雪の好きな物を中心に語りかけ、美雪が話しの中心になるように会話も工夫された。すべて面接でカウンセラーと話し合って、導き出されたアドバイ […]

5.5.浮上してきた美雪の心のわだかまり

父親への気持ちがほぐれてきた 母親が病気になって、父親がその介抱をするというシナリオは、なんとかうまくいったことが二人から報告された。「よくやっていただけました。なかなかいい形になってきましたね。たいへんだったと思います […]

コラム一覧へ