「猛烈な食べ吐きで・・一人ではダメですか?」(香奈28才 摂食障害・過食症歴半年)

過食症の子は気持ちが不安定

香奈は大阪の本町で証券レディとして働いていた。大学の英文科を卒業、すぐに入社したから今まで6年間働いたことになる。勤務態度はまじめ、気くばりはいい。上司にも「よく働くいいコだ」と、評判はよかった。それがどうしたことか、「食べる」ことに異常に関心を持ち出してからくずれていった。

「香奈さん、お茶いれてくれる」とたのまれると、「はい」と言って返事はするのだがドタドタとわざとらしい音をたてて炊事場のほうへ。「おっとっと。こぼれるやないか」と、思わず声がでるくらい荒っぽい置き方。頼んだ上司も「いややったら、ええんやで」と気づかうことが増えてきた。かと思うとある日は「課長、これ食べて下さい。おみやげでいただいたんでーす」と、ニコニコしながら配って歩いたりすることもある。遅刻や欠勤も目立ちだし、「さいきんの香奈さんて、なんかおかしいよね」とだれかが言うと「うん、情緒不安定ってかんじ」と、他の一人は首をかしげたりする。

「私、過食症とちがうよ。やせるんが面白いだけ」

香奈の勤務態度が崩れだしたのは、半年ほど前に開かれた中学校の同窓会に参加してから。「うーん、なんていうか、すっごいショックやったんよね。『えっ、あの人が愛ちゃん、ほんま?!』ってかんじで」と、香奈はあとになってこんな話をした。カラオケのステージでマイクをにぎりしめて歌っている女の人がいる。きれいなのびのある声で、じょうずに歌っている。それにスマートで黄色いワンピースがよく似合う。その人が中学時代、みんなにからかわれてよく泣いていた「泣き虫愛ちゃん」だったのだ。「私、負けてられへん。もっとやせてきれいにならないと」と、香奈はつぶやいたそうだ。

家に帰ってから「ダイエットをして、私もやせるんや」という思いでスタートしたが、摂食障害にありがちな「強烈なやせ願望」があったというわけではない。だから「私、過食症とちがうよ。ただ食べへんかったら、やせるんが面白いだけ」と、自分では余裕をもっていた。「ごはんおちゃわんいっぱいは、○gで△カロリー。きうりやわかめは、超低カロリー食品。だから毎日食べてもだいじょうぶ」。こんなふうにほとんどの食べる物について、栄養やカロリーの知識をため込んでいた。香奈の話を聞いた同僚たちは、「へー、香奈ちゃんってすごい物知りやね。栄養素やカロリー、みんな知ってるやん」と驚いたりしていた。みんなの賞賛の声や表情、それがまた香奈にとっては得意だった。

しかしこの得意満面の状態もそう長くは続かなかった。ちょっとでも食べ過ぎると「ああー、体重が増える。どうしよう」と不安になるし、カロリーの高そうな食べ物は「うーん、これは太るかんじ」と思うと口に入れられなくなってしまった。

「シュークリーム、おもいっきり食べたい」

極端な食事制限について、香奈は本音のところ「フーフー」だった。ほんとうは「食べたい。おいしい物をお腹いっぱい食べたい」という思いでいっぱいだったのだ。そんなある日「食べなければやせていられる」といったやせをキープする牙城は、ちょっとしたことがきっかけで崩れてしまった。

ある日仕事を終えて改札口にむかっていたとき、おいしそうなバーバママのシュークリームのにおいが流れてきた。「もういや。食事制限なんて。おなかいっぱい食べたい」という気持ちが拍車をかけて、「あのシュークリーム、おもいっきり食べたい」という欲求を抑えることができなくなってしまった。家に帰ると自分の部屋に駆けこんで、次から次へとつめこむように食べていた。ふわふわした大きなシュークリーム十個一人であっというまに食べてしまい、大満足。「あー、おいしかった。やっぱり食べたい物は、おもいっきり食べるんがええんや」という思い。それと同時に「食べてるときって、いやなこと忘れられるやん」という発見。この二つの思いが香奈をしだいに本物の過食症へと追いやっていったようだ。

「そうや、食べても吐けばやせていられる」

シュークリームをいっぱい食べてから、香奈の食欲はとまらなくなっていた。「こんなことしてたら愛ちゃんのスマートさに追いつかへんよ」と、自分で自分に言い聞かせても効果はない。いままで我慢していた反動で、食欲をとめることができない。「食べてもやせていられる方法ってないんやろか」と考えて、とうとう「そうや、食べても吐けばいいんや」という解決法にたどりつき、次第に食べ吐きの習慣にはまっていった。

「ねー、香奈ってこのごろ吐いてへん?」と、女子事務員たちのあいだでささやかれだした。お昼どき、休憩室用につくられたオフィスの一角で、「ひょっとして過食症?」といううわさが流れだしたのだ。ほんとうのところ香奈は一人で悩んでいた。「過食症?」といううわさはほんとうだった。「食べなければやせられる」と、体重をコントロールする楽しさにひたっていたはずなのに、いったいいつごろから「食べ吐き」に悩まされるようになったのだろうか。香奈は「猛烈な過食と嘔吐」という終わりのないチェーンに巻きこまれたような毎日をおくっていた。

「一人でカウンセリング受けたいんですけど」

香奈はインターネットで「過食症」と検索し、摂食障害の治療を専門の一つにしている淀屋橋心理療法センターを見つけ出した。そのホームページを見てそのセンターから出版されている本が数冊あることを知った。そのなかの一冊「克服できる過食症・拒食症」をさっそく取り寄せ読んだ。そしてこのセンターで過食症の治療をうけてみようと決心し、電話をかけてみた。(以下は電話での会話の抜粋である)

香奈:あのうー、過食症のカウンセリングを受けたいんですけど。

受付:なにをみておかけいただきましたか?

香奈:はい、インターネットで検索して、「克服できる過食症・拒食症」っていう本を読みました。

受付:過食になったのは、いつごろからでしょうか?それときっかけはおありですか?

香奈:去年の8月ごろからです。中学時代の同窓会にでて、ちょっとやせたいっておもったのがきっかけです。

受付 :今までどこかで治療を受けられたことはおありですか?

香奈:はい。自分でおかしいと思って、心療内科のほうでお薬をもらって、9月までのんでました。でも湿疹みたいなんがでだしたんでね、もういってないんです。

受付 :参考のために、身長と体重をお聞かせください。

香奈:身長は158cm、体重は52kgです。あのー、カウンセリングをうけたいんですけど。

受付 :はい、こちらもそのつもりでお聞きしています。あと一つ聞かせてください。あなたの過食のことはご家族の方はご存知ですか?

香奈:いいえ。家族にはできるだけ知られないように食べていますから。

受付 :ご存知ないと。ご家族との会話はありますか?

香奈:母親とはよく話しするんですけど、父親とはあんまり。あのー、私一人でカウンセリングを受けたいんですけど、だめでしょうか?家族に心配かけたくないんです。

受付 :過食症の方は「一人でのカウンセリング」を希望されることはよくあります。ところが過食症の方は気分の変動が大きいので途中で来たり来なかったり、中断してしまうケースが多いんです。こちらは家族療法で治療をしておりますので、まずはじめは親御さんだけ(母親だけ)のカウンセリングでスタートする場合が多いんです。それから担当者が判断しましたら、ご本人にも参加していただくという手順をふんでおります。そのほうが結果的に成果があがることが多いものですから。

香奈:あー、そうですか。気分の変動というのは、よくわかります。私もそうですから。母とはよく話をしますので、一度思い切って相談してみます。

受付 :そうですか。そうしてみてください。またお電話お待ちしています。

香奈のように「一人でカウンセリングを受けたい」という希望は、過食症の方によくある申し出である。受付の説明にもあるように、一人ではなかなか良い結果をあげることは難しい。香奈は自分の状態を振り返ってみて、たしかに「気分の浮き沈み」から、カウンセリングをキャンセルしたりして「中断の恐れ」があると納得できた。香奈はさっそく母親に相談したとみえ、その明くる日にふたたび電話をかけてきた。

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