「背が低い」から僕はなんもできひんのや

卓治は高校に入ってサッカー部に入った。「僕は走るのが速いし、ボール扱いはうまいからな」。家では母親にこう自慢していた。ほんとうに小学校のころからかけっこは速かったし、運動神経はいいほうだった。「よかったね。行きたい高校には受かったし、好きなサッカーは思いっきりできるし」、母親もこう言いながらほっとしていた。明るい状況が変わり始めたのは一月ほどたったころからだ。

「僕、ジュニアAチームに入れへんかったんや」と、しょんぼりしながら卓治が学校から帰ってきた。聞いてみると一年生はジュニアといって練習チームがAとBに分かれている。Aはもちろん有望株の選手のチーム。Bはその次。「信じられへん。僕サッカーはうまいほうやのに」。「ほんまやね。お母さんも信じられへんわ。先生に聞いてみたら」「そんなん聞いても同じや。もう決まったんやから」。

高校生ともなると、なかなか学校の様子はわからない。誰にきいたらいいのか。いやなことになると、子どもは口をつぐむばかりで話してはくれない。母親は中学校が同じだった道夫の母親に内緒で電話をかけてみた。「あんまりくわしくはわからないけど、あの高校サッカー強いでしょう。だから強い選手が集まってきてるのよ。卓治君も上手だけど、それ以上にすごいのがいるらしいわよ。道夫は野球部なんだけど、それほど強くないからジュニアAになれたらしいわ」。そうだったのか。楽しい思いができたのはわずかの間だけだったのか。母親は事態がつかめ納得はいったが、さらなる心配が起きだしたのはそれからだった。

仕事から帰ってきた父親と卓治がいさかいを起こした。「なんだ、そんなことくらいで落ち込むことないじゃないか。頑張ればいいんだ。頑張れば」「お父さんに僕の気持ちわかってたまるか」「男は、世間に七人の敵ありだぞ。根性だよ」。言い負かされた形で卓治は自室に引き下がった。心配事は明くる日の朝から起きた。卓治はそのまま学校にも部活にも行かなくなったのだ。そればかりでなく父親を極端に避けだした。父親が帰ってくると二階へ上がり、上がると下りてくる。食事も父親とはいっしょにとらない。呼びに行ってもあきらかに言い訳と思える理由をつけて出てこない。「ほっといたら直るだろう」と父親は言うが、母親は心配でたまらない。

「牛乳、僕ように買っといてや。それから小魚もな」。卓治は突然1リットル入パックの牛乳を毎日欠かさず飲みだした。足腰を鍛えるんやとマラソンも。学校に行かないまま夏休みに突入。事態は何も変わってはいない。「二学期からは学校に行こうな」。母親はおそるおそるだが、こう声をかけてみた。「うん、行くよ。そやけど背が175cm以上になったらな。僕今168cmやからあと7cm伸びたらえんや。Aチームにはいれんかったんも背が低いからなんや。学校へ行けんのも背の低いせいや」「高一でそれだけあったら高いほうやないか。そないあせらんでも、まだ伸びるで」「いや、あかん。背が175以上にならんと、僕はなんもできひん。決めたんや」。

卓治の背の高さへのこだわりはかなりのものだった。異常としか思えないほど、すべてのことがらを背のせいにしだした。さすが両親は心配して当センターに来所した。セラピスト(カウンセラー)は状況を細かくきき、こう話した。「今から差し上げるアドバイスがあたっているかどうかはわかりません。今日はじめておいでいただいて、なかなか複雑な状況へ正確なアドバイスは出てこないものです。軌道修正はこれから何回かありますので、これは参考にしてください。卓治君がこだわっているこの175cmというのはどこから来てると思われますか?ひょっとしてお父さんの背の高さではないですか?」「はい、そうです。気がつきませんでしたが、そうです」「一度お父さんから卓治君に話しかけてみてください。『こないだの話しやけど、お父さんが悪かったな』とでも。親が子どもに謝りにくいかもしれませんが、この状況を早く打開するためと考えていただいて」。「わかりました。あのことは私も言い過ぎたとは思っていたのですが、なかなかきっかけがみつからないものですから」。

それから一週間後、母親が面接に参加した。「びっくりしました。卓治のこだわりが少なくなってきまして。『背が低いから見られるのいや』と外にもでなかった子が、マンガ買ってくると本屋さんへ行きだしました」。「それはよかったですね。その調子で続けてください。お父さんもよくおやりいただけました」。セラピストは父親が気が進まぬであろう課題をきちんとこなし、良い結果を導き出したことを評価した。

このケースはかなり早い段階で両親が専門家のアドバイスを受けている。こじれる前に的を射たアドバイスで深みにはまることなく解決に持ち込むことができた。

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