「今度荒れたらそのときにまたよろしく」と父親

危機意識がうすい親は、治るチャンスを見のがす

とにかくなにか困った事が起きたら、その時に相談にくれば事は解決すると思っているらしい。高校3年生の娘が家庭内暴力で相談のご両親。


「もうテーブルの上にあるものみんなひっくり返して、電子レンジも蹴り倒して。足の踏み場もないくらい荒れるんです」と、母親は訴える。それが一週間に一回くらいの頻度であるという。「うーん、それはいけませんね。物にあたるだけですか?お母さんに殴りかかりにきたりとかはありませんか?」と、セラピストが尋ねると、そばにいた父親が答えた。「親や妹には危害は加えませんねん。物ですね、あたるのは。あ、そいでこないだ初めてですけど、カッターナイフで手に傷つけてました」「え、ナイフ?」と、セラピストは緊張した。リストカットがあるのか。これは慎重に対応しないといけないぞ。

以下にその後の会話ををまとめてみた。セラピストの危機感と両親のそれに温度差がある。のんびりしていられる事態ではないのだが。

セラピスト:リストカットは気をつけないと習慣化する恐れがあるんです。最初の対応がとても大切なんです。それをされる前は何があったんですか?

母親:私の言い方が気に入らなかったのか、言った内容に腹がたったのか。なんせいつも突然怒りだすもんで。そいでガラス割ったりするから、部屋中破片がとびちって、あぶのうて動けませんやろ。登校できんようになってしまいまして。「悪かった」ゆうて、私といっしょに片づけてくれて。まあ、気が落ち着いたらやさしい普通の子ですわ。それから「今日はもう休む」ゆうて二階へ上がっていきました。なにも心配するような感じやなかったんですけど。

父親:夕方私が気ーついたんですわ。手の甲や腕のとこに赤い筋が何本もいってるから「どなしたんや」ゆうたら隠しよりまんねん。『なんでもない。ほっといて』ゆうて。

母親:私もいっしょになって問いつめたんです。そしたら「切った」言いよりますねん。もうびっくりして。若い子らが手首を切って自殺未遂するゆう記事、新聞でよんだことありますから。

セラピスト:そうですか。それはびっくりされたでしょう。しかし一度でもリストカットがあったということは、油断できませんね。

父親:まあ、手ーゆうても手首と違いますし。手の甲とか腕のほうでしたわ。傷も筋いってるゆうだけでしたからね。それ一回だけです。そんなんしたんわ。

セラピスト:いや、それはあんまり問題ではないんです。それよりやったという事実を重要視しませんと。

母親:まあ「もうせーへん」って言ってましたから、だいじょうぶや思います。今のとこと学校がなんとかまわってますんで。

セラピスト:うまいこといってても、次また詰まりだしたらすぐに同じことが起きますよ。親御さんも今のうちに適切な対応を学んでおかれませんと。もちろんご本人にも自分を伸ばしていかないといけませんけど。またおいでいただいて直接成長を導く話しをさしていただきませんと。親ばかりが悪いわけではありませんからね。

母親:そらそうです。あの子がなんとかしませんと、あかんことですから。

セラピスト:それじゃ治療の進め方をお話しましょう。こちらの治療の基本としまして、生活のなかの記録を書いていただくのですが。何気ない話しでいいんです。その中からお嬢さんの性格とか、何を悩んでおられるのかがわかりますので。それにあった適切なアドバイスもでてきます。親御さんたちの接し方の工夫をしていく必要があるでしょうね。

母親:記録?記録といいますと?

セラピスト:生活のなかのなにげない会話です。雑談ですね。そんなほうが隠さないから自然な人柄がにじみでるんですよ。

父親:まあ、しばらくは暴力はないと思うんです。試験休みに入りますんでね。またなんかのきっかけで180度転回したら、また考えなあかんと思っとるんですけどね。

セラピスト:それは遅い。今からやりませんと。落ち着いてはるときにこそ、対策をあてて対応の材料を蓄積しておきませんと。ピンチがきたら、あわてるだけで、また同じことの繰り返しですよ。ご本人にもピンチをのりきる自力というものは、あまりありませんようですし。

父親:病院にも予約とってるんです。薬で落ち着かせられたらとおもてます。

セラピスト:ご本人が成長しないと、解決しない問題ですから。薬は一時しのぎにはいいでしょうけど。今から取り組めば、なんとかなります。最初が肝心ですから。軌道に乗ったらあとはゆっくりめでいいんです。

そのたびごとに「土砂降りの雨が降り出してから、堤防の補強工事しても遅いと思いませんか」と、親の注意をうながすのだが。

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