「過食症だった私が、会計事務所で働けてる。うれしいな」(瑠美29)

重症の過食症。発症後6年たって来所したケースだが、治療をスタートして2年後には過食も止まり働くことができだした。症状が重かったわりには、比較的早く克服への道を歩めたケースである。

過食症になって6年目に来所

過食症になって6年目に、初めて淀屋橋心理療法センターに来所した瑠美さん。29才とあるから、発症したのは23才になる。食べては吐き吐いては食べの状態がつづき、勤務していた職場も退職を余儀なくされたということだった。この6年のあいだ、病院に行ったりカウンセリング治療を受けたり、断食道場のようなところへ行ってみたりと、いろんな方法で治るための努力をしていた。

  • ある病院では「この程度の過食症なら大丈夫。すぐ治ります。吐くのやめて栄養剤のみなさい」と言われ、瑠美は安心してしまった。 
  • 他の病院では「食べた物すべての記録をつけてきてください」と言われたが、続かなかった。
  • カウンセリングでは「食べるのをガマンしましょう。辛抱がたりません」と言われて、瑠美がむかついて 帰ってきた。
  • 「ダイエットの行き過ぎですから、親がどうこういうことありません。自然に時間がたったら治ります」と言われたドクターもおり、今度は親が安心してしまって、そのままに。

いろいろな医療機関や専門家にかかり親子で努力はしたけれど、良い結果をみることはできないまま6年がたってしまったという話しだった。

家族みんなから過食を責められ、首をつろうとした瑠美

食べて吐いてするので、からだはガリガリにやせている。「ほんまに過食なんか、このからだ。吐いたらあかん、ゆうてんのに」と、母親は怒る。「ほっといて、なによその目つき。私を監視してるんやろ」と、けんか腰に言い返す留美。「また吐いたんか。臭いやないか」と父親が嫌みを言うと、「トイレ汚れてるで。姉きー、たまにはきれいにせーや」と、弟から文句がでる。

瑠美は家族みんなから責められて、追い詰められた状態になった。そんな時だった。瑠美が自殺まがいことをしたのは。庭の百日紅の木にひもをかけて首をつろうとしたのだ。幸い枝が折れて大事にはいたらなかったが、この事件で両親の目はさめた。「お父さん、瑠美をせめるばっかりやったらあきません。えらいことになりますよ」と言って、まず近くの心療内科へ相談をしに訪れた。ドクターから「うちではダメやから、ここへ行ってみてください。親にもアドバイスだされるところやから」と言って、淀屋橋心理療法センターのパンフレットを渡された。

「どないしたらええんか、わかりません。助けてください」

両親があたふたと、淀屋橋心理療法センターにやってきた。手にはパンフレットが固く握りしめられている。

瑠美はあの事件以来、ぐったりして気力がない状態でいる。なにを聞いても答えない、いや答える気力がないのか。そんな状態だというのに、過食だけは止まらない。「お母さん、食べる物、買ってきて。これに書いといたから」とメモをわたされる。食べ吐きの毎日がまた戻ってきた。「買ってきてよいものやら、悪いものやら。それにいつまたあんな恐いことするかわかりません。私ら生きた心地せーへんのです」と、母親は困った顔つきで話した。父親も「私も今までずいぶん娘を傷つけてくるようなこと言うてしまって。そんでもどないしたらええんかわかりません。助けてください」と、訴えた。

過食は止まらない。「死にたい」と、言っている。いつまた首つりのまねをするかわからない。かなり危機的な状態であることがわかった。

「もうここしかない。瑠美を救ってやれるのは」

いままでの事情を聞いてセラピストは、過食症の治療について説明を始めた。以下はその要約である。

セラピスト:当センターは家族療法を主としており、本人よりもご両親を中心にセラピー(カウンセリング)をすすめていきます。家で実行していただくアドバイスや課題をさしあげます。それを守っていただきますと、ほとんどのケースは3ヶ月後良い変化が出てきます。そこが一つの関所ですね。そこを乗り越えさえすれば、あとの道はしぜんに開けてきます。しかし楽な道ではないですよ、頑張れますか?

母親:はい、がんばります。なあ、お父さん、一生懸命先生についていきましょうね。

父親:そうや、もうここしかない。瑠美を救ってやれるのは。

母親:先生、どうかよろしくお願いします。なんとか娘を治してやりたいんです。

セラピスト:ご両親の「なんとか治してやりたい」という熱意が、一番大切です。三人六脚でがんばりましょう。

それから両親の淀屋橋心理療法センター通いがはじまった。

過食症を非難する目を、受けとめる目・気持ちに変えて3ヶ月

両親から過食症に関する心配なこと、腹の立つこと、困ったことなどが、どんどん話された。

  • 先生、夜中じゅう起きてゲームにふけってるんです。こんなんでええんでしょうか?
  • 「過食の食べ物を買うお金を、もっとくれ」と、要求してきます。どうしましょう。
  • 抗うつ剤のんでます。量が増えないかと心配です。なんとか薬を飲まないようにしたいんですが。
  • トイレで吐いたあと、掃除せんと汚したまんま出てくるんです。なんとかなりませんか?
  • ちょっとでも約束した時間に遅れると、怒り狂ったように文句いいますねん。

出てくる、出てくる。両親から瑠美の過食症や生活態度にまつわるいろんな心配事や不満が。セラピストはしっかりと耳を傾けながら一つ一つにたいして、ていねいなアドバイスを与えた。「元気になればなるほど、ちょっとしたミスも許せなくなります。白黒はっきりしてきます。できるだけ非難ではなく、受けとめる目と気持ちで聞いてあげてください」。

アドバイスを守りながら、両親は努力と辛抱を続けた。また子どもに譲ってはいけないと指摘されたところも、譲らないように頑張った。出された課題もまもってきちんとこなしていた。二人には「なんとか瑠美を、過食症の穴から救いだしてやりたい」という気持ちでいっぱいだった。そして気がついたら3ヶ月がたっていた。

瑠美に小さいけれど、良い変化がみられだした

「先生、このごろ食べる回数が減ってきました。吐く時間も1時間くらいに短くなってます」と、母親から報告があった。父親からは「怒るんは怒るんですけど、機嫌がなおるんがはようなってきたように思いますねん」と、朝のエピソードが話された。「今朝、私が新聞読んで自分の部屋においたまんまやったんです。『新聞ない、どこや」ゆうて、探しまわって。『三面記事、ないやんか』と言われて。たまたまおったミー(猫)が、ぐしゃぐしゃにしてしもたんで、捨てたんですわ。そない言うたら、切れてしまいました」。物を投げたり、机を蹴ったりして怒り狂っていた。ところがほっといたら、5分くらいで普通にもどったという。「びっくりしました。前やったらおさまるまで、1時間は覚悟せなあかんかったんですけど。えらい機嫌なおるんがはようなったな、お母さん」。

「いやー、そうですか。それはなかなかいい変化ですね。気持ちの切り替えができだしたということです。過食症のコントロール力にもつながっていく変化ですね。これからも機嫌なおるまでの時間や日にちはみといてください。 怒ったあとどれくらいで機嫌なおるかは、確実な過食症治癒の目安になりますから」と、セラピストはコメントを与えた。 

2年後には会計事務所で働けるまでに克服できた

怒りをぶつけることしかできなかった瑠美だが、半年たち一年たち、だんだんと感情のコントロールができてきた。怒りや文句など、ぶつけるけれどあとで修復ができだした。「ごめんねお母さん、きつく言い過ぎたわ。ちょっとイライラしててん」とか「きょうの夕飯、私食べるんやめとく。夕方、お腹減ってケーキ食べ過ぎてん。太ったらいややから。せっかくつくってくれたのに悪いね」とか。

「すごい良い変化がでてきましたね。これは過食症治癒への確かな手応えですよ」と、言ったとおり、瑠美の過食症はどんどんと、治る道筋をかけ登っていった。その途中では過食がもどったり、落ち込んでうつ状態になったりしたが、「深刻にならなくてもだいじょうぶです。カウンセリングでお出しするアドバイスをしっかりと守っていてくださりさえすれば」と、セラピストは両親を励まし続けた。

両親の頑張りが効果をあげた。来所して2年後には瑠美は会計事務所で働くことができるようになった。初めてのお給料で、両親にプレゼントも買ってきた。過食症も、ほとんど克服できたといっていい。ストレスがたまった時に、思い出したようにするだけ。「だいじょうぶ、もうあんなむちゃくちゃな食べ吐きはせーへんからね。それより過食症だったわたしが、会計事務所で働けてる。うれしいな」と、瑠美は笑いながら両親に話している。

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