「ホッとするもの、ありますか?」(信子25才 摂食障害・過食症歴5年)

「食べ物から解放されたい」

過食症に悩まされている人は、決まって次のようなことを口にします。 「もうずーと、ずーと食べ物のことばっかり考えています。あー、チョコレート食べたい。アイスクリーム食べたい」。それじゃ食べたら満足かというと、そうではありません。こんどは「どうしよう、チョコレート、ひと箱たべちゃった。太るよー、太るよー。なんとかしてー!」と叫び続けます。

朝起きたら冷蔵庫のなかが気になるし。夜寝ようと目を閉じたらかぼちゃと人参が、まぶたのうらでかけっこしています。本をひらいたら食べ物が浮かんで文字がよめないし、テレビを見ていても食べ物のことが気になります。おいしそうなハンバーガーのコマーシャルを見たとたん、過食に火がついたように食べずにはいられなくなります。「食べたーい、でもやせていたーい!」。過食症の人は、まる一日が食べ物に支配されて、くたくたです。

「ホッとするもの、ありますか?」

信子さんもそうでした。過食症になって5年です。治療面接にはじめてきたときからずーと三ヶ月ちかく、上のようなことを訴えていました。「そんなこと言い続けても、状態は変わらないですよ」というセラピストの話には耳を傾けるようすもみられませんでした。以下は信子さんとセラピスト(=セラ)のやりとりです。

信子:どうすれば食べ物から解放されるんでしょうか。もうこんな生活いやです。

セラピスト:いやって言ってもねー。食べ物がおっかけてくるんでしょう。

信子:そう、そう、そんな感じです。おっかけられて、逃げても逃げてもおっかけてくるって感じで。

セラピスト:どんなときだったら、おっかけてきませんか?

信子:それはね、食べてるときと、寝てるとき。眠剤のんで、ボーとしてきて「あー、これで眠れる」って。もうこのまま目がさめなければ、どんなにいいかって思います。

セラピスト:それで睡眠導入剤、いっぺんにのんじゃったってわけね。

信子:はい(小さな声でうつむいている)

セラピスト:過食症はね、特効薬っていうのは、ないんですよ。一つ一つ小さな良いことを積み上げていって、初めて治る方向にむかうんです。じみな努力の積み重ねです。そのなかみは、ここでいっしょに考えながらすすみます。一人でがんばれとは言いません。

信子:今までいろんなアドバイスもらってやってきたから、それはわかります。でもなんか急にしんどくなってきて。もう、朝になっても目がさめなければ、どんなに楽だろうって思ってしまって。

セラピスト:一つおしえてください。信子さんは、なにかホッとするもありますか?

信子:え、ホッとするものって、どんなこと?

セラピスト:うん、さり気ない物や事でいいんですよ。

信子:さり気ない物って、たとえばどんな物ですか?

セラピスト:たとえば「青い空に白い雲が浮かんでるのをみるとホッとする」とか。「シクラメンの花の色」にほっとするとか。さりげないことばかりでしょう。

信子:えー、そんな物ですか。ホッとするって。(しばらく考えこんでいる) ありません。思いつきません。

セラピスト:そうですか。それは残念ですね。それじゃ次回までの課題にしましょうか。おうちに帰られて、さがしてみてください。一人で無理ならお母さんと話し合って見つけてもらってもいいですよ。

「お風呂につかってるとき、ホッとします」

それから10日後、次の面接がもたれました。信子さんは座るなりうれしそうにこう話し出しました。

信子:ありました。ほっとするもの、ありました。

セラピスト:えー、みつかりましたか。それはよかった。どんな物ですか?

信子:おーふーろ。お風呂なんです。あったかーい湯船につかって、手足をのびのびのばしてるとき、ほっとしてました。こんなんでもいいんですか?

セラピスト:もちろんです。よかったね、みつかって。もうすこし話してみて。

信子:あのね、お母さんがね、バスロマンっていう芳香剤買ってきてくれて入れたんです。ね、そうよね。

母親:うん、そう、そう。それが意外に気に入ったのよね。

信子:香りがいいっていうか、色もブルーできれいし。そのお湯につかってたら、なんかホッとしてました。あ、これが先生の言われる「ホッとするものかな」って。

セラピスト:そうですか、それはよかったね。ホッとするものが見つかりましたね。

信子:はい。「もうぜったいそんなもんない」って、思ってたけど。意識してれば、あるんですね。

セラピスト:じゃこれからお母さんにそのバスロマンを入れてもらいましょうね。

「深呼吸をゆっくりと10回やってみて」

信子さんは「ホッとするもの」が見つかって、ほんとうにうれしそうでした。セラピストは「ホッとするものが見つかって、よかったですね。その時間を大切にしましょう」と言ってから、一つ次の課題をつけ加えました。

「これからお風呂につかっているとき、深呼吸をゆっくり10回してみましょう。吸って、はいて。はく息を吸う息の倍くらいゆっくりとやってみてください」。「えー、それだけでいいんですか。そんなん簡単にできます」と、信子さんは目の前で「吸って、はいてー」をやってみせてくれました。「えー、いがいにゆっくり吐くのってむつかしいんですねー、ハッハッハッ」。

「食べ物のこと、忘れてたんです」と、うれしそうに話す信子さん

その次の面接で信子さんはこう言いました。「あのね、お風呂に入って、バスロマンの香りかいで、ブルーの色にみとれながら、吸ってはいて、やってるとき、気がついたら私、食べ物のこと忘れてたんです」と、うれしそう。「えー、私にもこんな時があったんだ。食べ物のこと、忘れられてる時が!」と。信子さんの話すようすを、お母さんはそばでうなずきながら聞いていました。

治療のプロセスで、小さな小さな良いことがまた一つ積み上げられました。

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