「したいこと、言いたいこと、言えてますか?交渉力をつけようね」

アメリカへ行きたい。けど、お父さんに許してもらえるやろか?勇気をだして交渉を

「行きたい、行きたい。でも言い出せない」

「今度の夏休み、アメリカへ行きたい。映画でしかみたことないニュー・ヨークのビル。それに自由の女神。ナイアガラの滝。あーあ、見たいな、行きたいな」。祐美はもんもんと考え込んでいた。「どうせ私なんか、過食かかえてるんやもん、行けへんわ。お父さんが許してくれはるはずがない」。喉元まででかかっているけれど、父親の顔をみたらとても言い出せない。「ま、いいか。私はいっつも我慢してきたんや。ゆうてもあかんのやったら、いやな思いさせんとこ」。祐美は、行きたいアメリカへの旅行を言い出せないまま、一月あまりももんもんと過ごしていた。

もやもや感が過食を助長して

セラピスト:祐美さん、そんなに行きたいんやったら、思い切ってお父さんにゆうてみたらどうですか?頭からあきらめていますね。交渉次第ではOKがでるかもしれませんよ。

祐美:でもお父さん、私の言うこと聞いてくれはらへん。自分の意見ばっかり押し通して。

セラピスト:ねばり強くく、食いついてみましょう。私も応援しますから。ダメもとでやってみたらいいんです。ノーと言われたら、次の対策を練って、また挑戦する。そのプロセスで、祐美さんの交渉する力がついてきます。

このあと祐美とセラピストは、二人で話し合った。「こうでたら、こう言ってみよう」「これがダメなら、あの手で」。いつもあきらめて我慢することに慣れている祐美は、考えるだけでもしんどかった。が、こんどはちがう。セラピストが後押ししてくれるというので、勇気がわいてきた。以下は知恵をしぼった祐美と父親の会話である。

食い下がる祐美に、とうとう父親もOKを

祐美:お父さんこんどの夏休みな、アメリカへいきたいんやけど行かしてくれる?

父親:アホゆうな。そんなお金ないぞ。

祐美:そんなら私、バイトしてお金ためるわ。往復の旅費、ためたら行かして。ええやろ。

父親:おまえな、ニューヨークゆうて、治安悪いんやで。こないだのテロ事件忘れてへんやろ。

祐美:そら、覚えてるで。そやけどなあの事件があったから、よけい安全に力いれてるんやで。

父親:一人ではな、女一人では、お父さんようださん。

祐美:一人ちがうで。同じクラスの真希もいっしょやねん。真希むこうに親戚いるんやて。身元引き受けしてくれはるらしいで。なあ、ええやろ。

父親:そうか、しゃないな。ほんなら、行ってこい。お金だけはきちんとためるんやで。

祐美:はーい、がんばってバイトしまーす。バンザーイ!

過食症(拒食症も)からの立ち直りに必要な「交渉力」

過食症(拒食症)の人の多くは、自分がしたいこと、言いたいことを後回しにして抑えてしまう傾向がある。親の顔色をみて、親の意見にあわせて、家庭の雰囲気がこわれないようにと、優先させるきづかい屋さん。ところが後でもやもやとお腹のあたりで不快感がいつまでも漂って。過食症衝動はこんなときに襲ってきやすい。食べることで、もやもや感はスッキリ。しかしこれをくり返していては、本人に人間関係を切り抜けていく力はつかず、過食症(拒食症)から脱皮することは難しい。

「ねばり強く交渉してみよう」と思うなかで、自分は何をしたいかがはっきりとつかめるし、相手との接点を縮めようとする知恵や工夫も湧いてくる。過食症(拒食症)の人は、家庭の雰囲気や、世の中の状態に合わせることはできるのだが、自分を出せず「どうせ出しても私なんか」と、いじけてしまったりする人が多い。

人との間で自分の考えを明確にし、自分の言い分を通すという練習をつむうちに、だんだん生き生きして自分に自信ができてくる。こうした積み重ねが「交渉力」を育てていくし、この力がやがては過食症(拒食症)からの脱皮につながるのである。

関連記事

『過食症と拒食症』危機脱出の処方箋 第4話(父親の影響)第3話(母親との関係が・・5)

『過食症と拒食症』 ― 危機脱出の処方箋 ―  福田俊一、増井昌美著 (星和書店、2001)より 本書は淀屋橋心理療法センターで治療したケースをもとに執筆、星和書店より出版したものです。本文のなかから症例や治療のポイント […]

子どもさんを無理に連れてこなくても、治療はスタートできます

電話受け付け・来所対応スタッフから一言 当センターの問い合わせ電話でよく聞かれるのが次の質問です。「子どもを連れていかなくてはいけないんでしょうか?」 不登校、家庭内暴力、非行、過食・拒食、ひきこもりー症状はさまざまです […]

吐けない!太る!この恐怖をなんとかして!

「食べた後、吐くのに必死なの。苦しくて指をのどにつっこんで。やっと吐けた、やれやれ。でもね、体重計にのったらいつも1Kg増えてるの」。この瞬間から美佳のパニックがはじまる。「今でも太ってるのに。これ以上太りたくない。お母 […]

シリーズ記事

1.入院さきから、毎日の様子を知らせる便りが届いて

由希子(23才)は今過食症で入院している。 当センターで面接を開始して半年がたった。来所当時は、過食の買い物以外はまったく外にも出られなかった。それに着る服がないといって、どんな友だちの集まりやさそいも断っていた。以前は […]

2.過食症(祐子10年)の治療をスタートして、三ヶ月後に好転のきざしが

過食症になってもう10年がたつという。祐子は今28才。18才のときからずーと過食症と闘ってきたことになる。大学を卒業して、大阪の印刷会社に勤務。まじめな仕事ぶりを評価され、同期のなかではいちばん受けがよかった。 ところが […]

3.「したいこと、言いたいこと、言えてますか?交渉力をつけようね」

アメリカへ行きたい。けど、お父さんに許してもらえるやろか?勇気をだして交渉を 「行きたい、行きたい。でも言い出せない」 「今度の夏休み、アメリカへ行きたい。映画でしかみたことないニュー・ヨークのビル。それに自由の女神。ナ […]

4.「もう過食にばっかり逃げ込んでられへん」と、祐美の決意の言葉

ねばり腰で、自分の言い分をきちんと言えるように 1.上司に叱られると、すねて無視。あとで過食衝動が 「なんでそんな大事なことすぐに報告してこーへんのや。一人でできひんかったら、すぐに助け手の連絡してこい、ゆうてるやろ」と […]

5.こんなに早く食べ物のことから離れられるなんて、夢のようです

過食症も早ければ、一回の面接で立ち直りのヒントがつかめる。 長い治療期間を要する過食症としては、きわめてまれな症例と言える。 気晴らし食いややけ食いの段階で来所 過食症もきわめて初期の段階ー気晴らし食いややけ食いの段階で […]

コラム一覧へ