子どもの一言一言に耳をそばだてる両親
「腫れ物にさわるような親の接し方は、息苦しくて」と清香(大学一年、19才)は言った。お父さんもお母さんも、清香の過食症をなんとか治してやりたいと必死だ。両親はセラピストから「できるだけ娘さんが、自分の気持ちを素直に話せるように工夫してあげましょう」というアドバイスを受けた。そこで二人は「そうか、よしっ」というわけで、それ以後清香の一言一言に耳をそばだてるようなしぐさが見える。
清香:お母さん、今日マーケットへ行く?私も連れてってね。
母親:ああ、そうか、そうか。一緒に行くのか。自分で過食の食べ物買いに行くんやな。えらいなー。
清香:べつに、えらくなんかないよ。そんな言い方せんといて。自分の好きなお菓子買いに行くだけだから。
母親:そしたら4時くらいでええか。
父親:どうした、マーケットに行くのか?
母親:そうなの。清香も一緒に行くって。
父親:え、清香も行くんか?お父さんが車で送って行ってやろうか?まだ暑いからな。日射病でもなるといかんからな。いっぱい買ったらええよ。
清香:えー、お父さんもいっしょー。(イヤそうな声で)
父親:なにもじゃましようとしてるんじゃないぞ。車の方が好きな物いっぱい買えるからいいんじゃないか、と思っただけやないか。
母親:もう、お父さん、首つっこまんといてよ。
父親:なんや、おまえがそんな言い方することないやろ。
清香:二人とも私のことで言い合いするのやめて。つらくなるじゃないの。
私の過食がいけないんやね。過食が…
(バタンとドアをしめて自分の部屋へ入ってしまった)
父親・母親:ごめん、ごめん。(あわてて娘の後を追って)
こんな光景が毎日のようにくり返されている。清香にしてみると、自分が何か一言いうと、待っていたかのように両親が反応する。それもやさしい声で、気づかい100%の調子で。清香は息苦しくてしかたがない。でも「やめてよ」とは言えない。言うと気遣ってくれている両親を傷つけるかもしれないから。そんな両親の気持ちはうれしいけど、反面つらい。
「自然体で接しましょう」というアドバイスをもらって
次の面接で母親はセラピストに相談した。「親の方は少しでも娘が話しやすい雰囲気づくりを心がけているつもりなんですが、どうもうまく歯車が噛み合わないみたいなんです」と。様子をくわしく聞いてセラピストは「そうですね、ちょっと気を使いすぎて、清香さんが息苦しくなんておられるようですね。工夫のポイントを少しかえましょう」といって次のアドバイスを出した。「親のほうから気を使って先にあれこれ言うのではなく、清香さんがなにか言ってきたときにしっかりと聞いてあげてください。できるだけ清香さんが話したい内容で盛り上がるように、自然体で接しましょう」。
母親は今度はこのアドバイスを守って清香に接してみた。すると一月たった頃、「お母さん、このごろ私の話よく聞いてくれるようになったな。なんか息苦しさがなくなってきたわ」と清香が言ったので、母親はこれでいいんだと自信がわいてきた
淀屋橋心理療法センター
福田 俊一(所長、精神科医)
増井 昌美(過食症専門セラピスト)
2011年9月17日
