お父さん王様お母さん召使い、見てるとイライラして過食したくなる
「うちのお母さんは召使いで、お父さんは王様」。両親をみているとこんな感じがすると過食症の美知は言う。「なんでー、夫婦なのにそんな関係になるの!?」ってずーっと前から思っていた。「だけどね、口にだして言えなくて」と、美知の心のなかはモヤモヤがずーっと続いていた。
「こないだもね、お父さんがお風呂あがりかけて叫ぶの。『おーい、母さーん、オレの下着もってきてくれ』って。大きな声で。バカみたい。『下着くらい自分で用意しろよ』って言いたい。それにお母さんは『はいはい、ここにおいときますよ』だって。幼稚園の子どもじゃあるまいし」。
美知の心のなかにはいつも「こんなふうに思うって、私がおかしい?」といった疑問が渦巻いている。「召使いと王様みたいな二人の関係をみてると、イライラして食べたくなる。どうなってるの、あの二人。あれが私の親なんだ。私はいや、あんな夫婦になりたくない。結婚なんか絶対したくない」と嘆いている。
「えーい、食べちゃえ!食べて吐いて、あとは下剤で出して」
こんなことの繰り返しが私の毎日。まっくらだわ。どうしたらこのトンネルから抜け出せるのかしら?」
主と従の関係のような両親に疑問をもって、イライラを重ね、過食に走る若い女性は多い。親たちは「私たちはこれで長年やってきたんだから、なんとも思ってないの。あんたは気にしすぎよ」と、逆に子どもをたしなめようとする。
こうした訴えをしてくる過食症の人の治療は、家族(父親、母親)の協力があったほうがいい。問題意識のうすい親たちと過食嘔吐でストレスを解消している子どもを、どう同じカウンセリングの土俵にのせていくか。難しいテーマであるが、両者がお互いの違いを出し合って症状の解決に向かっていくなかで、だんだん話せるようになってくる。子どもが言いにくかったことを両親にむかって言えるようになるのは大きな前進である。
カウンセリングを重ねて親にしっかりと主張できるようになり症状が改善
はじめのうちはグチをぶつぶつ言うくらいにしか言えなかった娘も、カウンセリングの回数を重ねるごとにしっかりと物が言えるようになる。「お父さん、お茶くらい自分でいれれば。忙しくしてるお母さんの手を煩わせることないじゃない」。するとお父さんも「そうだな、お茶くらい自分でいれるとするか」。いままでそんなことすらしなかったお父さんだが、父母娘三人の対話を重ねていくうちに、変えられるところは変えていこうという気持ちになっていく。お母さんのほうも「それは助かるわ。お茶碗あらいも当番みたいにしてもらえると」と、だんだん本音がでてくる。もちろんこうした三人の合意をみるまでに、カウンセリングを何度も重ねていく必要があるのだが。
親と子の間には世代間の違いがあることも考慮に入れて
それと同時に子ども自身の意識にもゆさぶりをかけていく。親のことと自分のことは違う。育った時代が違うから考えかたも習慣も自ずと違う。だから親が子の望む姿とは違ってあたりまえであろう。自分の考えを意見としてしっかり主張はする力は大切だが、時代や習慣の違いも考慮に入れる柔軟性も望ましい。
親に対してしっかりと言いたいことが言えるようになった美知は、だんだんと過食症が良くなっていった。同時に自分と親のあいだに世代間の違いを認めて境界線を引けるようになり、文句も言うけど親の言い分もきちんと聞ける子供に成長した。
淀屋橋心理療法センター
福田 俊一(所長、精神科医)
増井 昌美(過食症専門セラピスト)
2011年9月17日
