就職が決まったが、遅刻や欠勤がふえ
麻子が母親につきそわれて淀屋橋心理療法センターの扉をくぐったのは、夏が終わり秋風が吹くころであった。春には大学の法学部を卒業、大阪にある法律事務所に就職が決まった。麻子はもとより両親も弟も大喜びたった。
ところが入社して三ヶ月たったころ、麻子が出社をおっくうがりだした。「先輩にこわーいおばさんがいるねん。ミスしたら怒られるもん」と、はじめは軽いぐちからスタート。さらにふた月ほどたつと、朝おきをぐずりだしふとんをかぶってしまう。「またか」とため息をつきながら母親は、「入ったばっかりじゃない。ミスしたってあたりまえでしょ。かんがえすぎよ、麻ちゃんは」と、かるくたしなめたりした。こんな問答がしばらく続いたのち、とうとう麻子は朝おきられなくなってしまった。
麻子は事務所が提携している診療所で診てもらって、「軽いうつ」と診断され薬をのんでいた。抗うつ剤、安定剤、入眠剤。服薬をはじめて一月たったが、麻子の職場欠勤や遅刻の状態は改善しなかった。
「職場ストレス うつ」で検索し、淀屋橋心理療法センターに出会う
あれだけ大学で学んだ知識が生かせる職場に入れたと、喜んでいたのに。いったいこれはどういうこと。母親はぶつぶつ言いながら、インターネットで「職場ストレス うつ」というキーワードを入力し検索してみた。麻子には薬だけでは十分でなく、カウンセリングが必要と判断したからだ。
*淀屋橋心理療法センターのホームページ*
『職場ストレス 休職時のカウンセリング』という文字がまず目に入る。
『うつ・職場のストレス』専門外来と、ホームページのトップ近くに書いてある。
クリックしてよんでいくと、『家族療法を中心にカウンセリングを行い、家族にも対応のアドバイスをさしあげます』とある。当センターにかかろうと決めた理由として、あとになって母親はこう言った。「母親にもアドバイスがもらえるなんて、そらうれしいです。子どもがつらい思いしてるのに、そばにいる親がどうしてやったらいいか、わからなくて困っていました。こんなカウンセリングをしてくれ所を、さがしていたんんです」。
「職場でつらかったこと」を話してもらう
「私なんて、いないほうがいいんです」と、うつむいたまま話す麻子。夜もあまり眠れないし、食欲もないという状態で3Kgやせたという。どうやらミスやお叱りの連続で、すっかり自信をなくしてしまっているようだ。カウンセラーは、麻子の話を聞きながら具体的に書きとめていった。
- 注意をうけた内容‥‥上司、先輩からのお叱りやお小言
- 朝のあいさつの声が小さい。‥‥「朝のあいさつくらい、大きな声で返してね」と、嫌みをいわれた。
- 「報・連・相」ができていない。‥‥「なぜ『報告』が漏れるんだ」と、弁護士先生からお叱りをうけた。
- 質問はまとめて相手のあいた時に。‥‥「こちらの忙しいときに、そちらの都合でのべつ聞かないでよ」と先輩に叱られた。
- ミスを指摘されたときの対応がまずい。‥‥「ひゃー、どないしょ」ではなくて、「すみませんでした。以後よくきをつけます」と言うのだと、たしなめられた。
- 来談者へのあいさつができていない。‥‥「こんにちわ。どうぞこちらへ」とお通しするんですよ。あなたは睨み付けているみたいで、感じが悪いと思います。
気になった点を書き留めていったが、ざっとこんな点ができていないと注意を受けたようである。
新入社員なら、誰でもできなくて当たり前のことばかり。ミスを指摘されながら自分で正したり、先輩からなぜいけなかったのかを聞いたりして、覚えていくものだが。どこがいけなかったのか。夜も眠れないくらい、うつ症状を出すくらいにまで落ち込んだのはなぜだろう。カウンセラーはその点が解せなかった。
同期で入社したKさんが、同じ課にに入ってきてから
休み時間も「電話がなったらどうしよう」「来談者の方がこられたら、どうしよう」と、緊張して休めなかったという。それでも「失敗ノート」というのを作って、その日注意を受けたことを書き留めている。
カウンセラー:うーん、えらいじゃないですか。ちゃんとそこまで反省できているなんて。
麻子:はー、注意されたことはいやじゃないんです。一応納得がいくことばっかりやし。
カウンセラー:なにかあるんでしょう。他にこんなに落ち込んでしまう理由が?
麻子:はい。それが・・・入ってきたんです。すごくできる人が、同じ課に。ハキハキしてるし、お客様の対応も感じがいいし。先輩にも気にいられてるみたいやし。
カウンセラー:あー、それで急に自信がなくなってしまったのね。
麻子:はい、それが同期の人なんです。同じ時に入って、なんでこんなに差があるんや。私、なんでこんなに不器用なんやって。だんだん自信がなくなってしまったし。仕事やる気もなくなってきて。
カウンセラー:そうか、それで夜も眠れなくなってしまったんですね。そういうことだったんですか。わかりました。それじゃ今から対策を考えてきます。しばらく休憩をしてから、今度はこちらからアドバイスをさしあげましょう。
練習すれば、克服できることばかり
叱られた項目はどれもみな回数を重ねる、つまり練習すれば克服できることばかりである。カウンセラーはスポーツと同じであることを説明した。
カウンセラー:麻子さんはなにかスポーツしておられますか?
麻子:はい、テニスを中学、高校とやってました。けっこう試合でも強かったんですよ。
(麻子はうれしそうに答えた。気のせいか胸をはって自信ありげなムードが伝わってきた)。
カウンセラー:そうですか、それは素晴らしいですね。でもそのテニスの試合って、すぐに勝てるようになりましたか?練習したでしょう。何日も何年も同じ技を練習したからこそ、今の強さが身についたんでしょう。スポーツも仕事の技術=スキルも同じだとおもいませんか。
麻子:そうか、そうかもしれない。
母親にも手助けのアドバイスをだして
麻子はカウンセラーが書きとめた「職場でつらかったこと」をもう一度しっかりと読んでみた。そして「叱られたり、ミスしたりしたこと」にたいして、「どうすれば、よかったか」という内容を考えてくることという課題を与えられた。それから母親にも手出すけのアドバイスが出され、二人三脚でがんばって練習するように言われた。二人で具体的に練習項目を考え出し、声に出してロールプレイのようなことをやってみた。
それから一月もたたないうちに麻子が職場に通えだしたという報告を受けた。カウンセラーが「あれ、まだ同期の女性のことが未解決のままだったんですけどね」と、言うと、麻子は笑ってこう答えた。「あのー、先生が仕事のスキルもテニスの技術も同じやって言われて、私、ハッとしたんです。『目からうろこ』って感じで。そしたら『私にもできるかも、いやできるはずだ』って思えだして。思い切って職場にでてみました。初めはドキドキでしたけど、お母さんと練習したこと思い出して、大きな声で言ってみたら、けっこううまくいって。先輩の女性もほめてくれたりして。なんか同期の人のこと、いつのまにか気にならなくなっていました」。
職場のストレスからうつになった麻子のケースは、このようにして思いがけず早く解決した。麻子自身の気づきと頑張りがあったこと。その影に「早くカウンセリングを受けないと」という母親の適切な判断と協力、その後のカウンセラーが出すアドバイスに一生懸命取り組んでくれたことが早期解決をもたらしたように思える。
淀屋橋心理療法センター
福田俊一(所長、精神科医)
増井昌美(家族問題研究室長)




