最近エコロジカルという言葉がずいぶん使われるようになった。環境にやさしい、地球上の自然を大切に、生活に根ざしたという意味でつかわれている。当センターで治療の中心となるエコロジカル・アプローチも「生活のできごとを治療の原点にする」ので、同じような意味あいをもつ。
不登校やいじめ、ひきこもり、家庭内暴力など子どもが中心の問題はもとより、うつ病、過食症、不安神経症、などさまざまな症状の人たちが当センターの扉をたたく。病の表れ方は違うが、誰もに共通することが二つある。それは家族がいるということと、生活を送っているということ。「そんなあたりまえじゃないですか」と、笑われそうだが、この二つこそがさまざまな症状の原因ともなり、治癒への道のりの源泉ともなるのである。
医学的、理論的な説明は後回しにして、まず「家族と日常生活」に焦点をあてていく。不登校の子どもに「君、なんできのうは学校へ行けなかったの」と聞いても、下をむいてだんまり。それよりも「きのう朝起きて一番に何したの」と聞くとどうでしょう。「あのね、テレビみた」「ふーん、それでどうした」「お母さんに怒られた」、といった話しの転回になりませんか。こんな日常生活のさりげない親子のやりとりを日記をつける要領で書いてもらう。治療面接ではその家族の一週間の様子が手に取るようにわかる。これがまさに治療の適切なアドバイスを引き出す源泉になるのである。
家族療法は症状をかかえている本人だけを対象にせず、家族全員および関係者をも視野にいれて治療をすすめていく。日常生活のさりげないできごとに焦点をあてながら、それぞれの家族メンバーのもつ解決法や考え方、くせなどがみえてくる。「お風呂わいたよ。はよ入りや」とお母さんが言ったとする。「はーい」とすぐ入りだす子。「なんや、うるさいな」と口ごたえする子。「ーーー」返事もなく、ぐずぐずと入らない子。いろんな反応が返ってくる。またお父さんが一番で、お母さんは最後と決まっている家族もあれば、誰がいつ入ってもいい家族もある。こんなささいなできごとのなかにも「家族のもつ特徴、文化、子どもの行動パターンなど」が隠されている。さりげないところにほど、素直にそれらは出やすいのである。
「私だってできそう」「アドバイスが具体的だから、家に帰ってからも取り組みやすい」「毎日が治療のチャンスみたい」と、エコロジカル・アプローチはお母さんたちにずいぶん評判がいい。子どもの問題では悪者、のけ者にされがちなお父さんも仲間の一人に入れてもらって、だんだん土俵の上にあがってくる。いつのまにか家族全員で治療に取り組んでいるという姿が多い。一人で孤軍奮闘していたお母さんも「疲れてもうだめかと思ってましたけど、お父さんが励ましてくれるので」と、またまた治療への意欲が湧いてくる。これこそが治る道筋で一番大切なエネルギーである。
今までの個人を対象とした治療法では治癒しえなかった症状も、家族療法のエコロジカル・アプローチでかなりの改善をみるようになった。しかもきわめて短期間に問題のポイントをみつけだすことができる。地道な事実の積み重ねが解決へのヒントを与えてくれ、変わりにくい家族を変えていく。事実の前には誰もが脱帽し、素直に柔軟になれる姿をなんども目の当たりにしてきた。
「この症状はどこへいっても治らない。もうあかん」。こんな症状を家族療法のエコロジカル・アプローチは、ここ十七年にわたり治療し治癒へとこぎつけてきた。




