美樹(18才 高3)は過食症になって二年になります。発症して一年たってから母親といっしょに淀屋橋心理療法センターでカウンセリング(セラピー)を受けることになりました。来所して一年がたっています。
来所した当時は、食べることでイライラしていた
お母さん、今日の晩御飯なに?
えー、天ぷらよ。お父さんが食べたい、ゆうてはってね
えー、天ぷら!?油っこいものはだめっていってるやん。あーあ、また私、自分で買いに行かないと
そんなことせんでも、つけあわせにトマトやひじきの煮物なんかもあるで
それだけで足りるわけないやん、ほんまに私のこと、なーんも考えてくれてない。もうきらい!。
ドンドンと足を激しくならしながら、美樹は階段をあがっていきました。カバンをあけ財布をにぎると、近くのスーパーへ走っていきます。焼きめしやスパゲッティのパックをかごに入れ、チョコレートやアイスクリームも。帰ってくると一人自分の部屋にこもって、詰め込むように食べて食べて。
こんなふうに毎日のように食事のたびごとに小さないざこざがあり、ぎくしゃくしたムードがただよっていました。
家族といっしょに食事ができるようになったが
それから半年後、カウンセリングが進むにつれ、美樹は家族といっしょに食事ができるようになってきました。「お母さん、私が盛りつけてあげる」と、積極的にお手伝いもしてくれます。ところがまたまたひと悶着が弟とのあいだに起き始めました。美樹がおかずを盛りつけるとき、自分のお皿にたくさん入れ、母親や弟のお皿には少な目にするのです。「お姉ちゃん、ずるいやんか、自分のんだけようけ盛って」とクレイムがでます。母親はその度ごとにヒヤヒヤしています。
お母さん、なによ、なんで睨んでるんよ
ううん、なにも睨んだりしてへんよ
睨んだやん、なんか言いたいんやろ。自分のお皿だけようけ盛らんときとか
いいや、そんなことおもてへんで
文句あるんやったら、はっきりゆうてよ、お母さん、きらい!」と、突然盛りつけた自分のお皿をバサッと流しに捨ててしまったり。
やっと一人だけの過食スタイルから、家族そろっての夕食がとれるようになってきたのですが、それはそれでまた別の一騒動が起きがちでした。
「好きな物を、だいじにしようね」
この話を聞いて過食症セラピストは、母親に次のように話しました。「食事どきのいざこざは、ほんとうにいやなものですね。だけど全体的に見て、美樹さんの摂食障害の状態は、右肩あがりに上向いています。次回、美樹さんとごいっしょにおいでください。私から一度お話しをしてみましょう」。
美樹がやってきました。過食症セラピストは、自分の好きな献立のときには夕飯の手伝いができるようになってきた美樹をほめてこう言いました。「美樹さん、美樹さんはお母さんの夕飯のお手伝いができるんですってね。それはすごい進歩ですね。どんな献立が好きですか。この好きな献立のときだけ手伝う、というのがいいんですよ」。「え、これでいいんですか?」と、不思議そうな顔の母親と美樹。「いいえ、先生、自分のお皿にようけ盛りつけようとしてるだけなんですよ」と、母親。「そんな嫌みなこといわんでもええやん」と、文句言いたげな顔の美樹。早くも気まずいムードがながれます。
「好きな物をだいじにするって、いいことなんですよ。美樹さん、今このカウンセリングの場で、すきな物について話し合っていただきましょうか」と、提案。母親には要点を書き留めながら、聞き役をお願いしました。
かぼちゃの煮物、好きやで。それとふろふき大根も
うん、うん、そうやね
それからなすの田楽。あれのやわらかーいとこがええ
そうやったな
スパゲッティな。たらこのんが好きや、さっぱりしてて。あんな「壁の穴」って、阪急においしいスパゲッティ屋さんあるんやで。こんどいっしょに行ってみいひん?
それはええな、連れていって
母と美樹の会話がだんだんなごやかにはずんできました。この調子を生かして過食症セラピストは、食べ物以外の好きな物、例えば「洋服、バッグ、色、花、動物など」についても話し合ってくるよう課題をだしました。
「これ見て、かわいいやろ」と、カバンにコアラの人形を
三ヶ月がたちました。カウンセリングを重ねるごとに美樹の関心の対象が少しづつ広がってきました。「百合の花がきれかった」「今日の空の色、こいい水色やった」「TV番組の篤姫の赤い着物、きてみたい」など。聞き役の母親からも、「先生、関心の対象がだんだん広がってきて、なんかおだやかになってきました」と、報告がありました。食事どきのいざこざも、かなり減ってきたそうです。
「先生、これ見て、かわいいやろ」と、美樹は入ってくるなりカバンにつけたコアラの人形を見せてくれました。同じクラスの友だちが、オーストラリアに行ってきたおみやげに買ってきてくれたそうです。「美樹さん、今までみたなかで一番いい笑顔してるね」と、過食症セラピストは言いました。「今まで食べる食べないにしか関心の目がいかなかったのに、ずいぶん心の余裕がでてきたな」と、過食症セラピストは思いました。
美樹は摂食障害になってから長い間、「食べ物、体重、やせた、太った」といったことにしか関心が持てませんでした。来所したころは一日中食べることで頭がいっぱいの苦しい日々でした。カウンセリングを始めて一年後には関心の対象がいろんな分野に広がってきて、食べ物以外の物にも目が止まることが増え過食も落ち着いてきたそうです。母親との会話もおだやかになってき、食事どきのいざこざもぐーんと減ってきたと報告がありました。
淀屋橋心理療法センター
福田 俊一(所長、精神科医)
増井 昌美(過食症専門セラピスト)





