過食症にかかって三年がたつ。美香(28才)は、小さいころからとても良い子だった。友達も多かったし、勉強もよくできる頑張りやさん。「私の自慢の娘だったんです」と、母親は話した。思春期のころ、よくあるダイエットの失敗から拒食症になってしまった。その三ヶ月後には過食症に移行し、それいらいずーっと過食症が続いている。
目と目があうと火花がちる母と娘
来所時には、母娘関係にはひびがはいっており、かれこれ一年ちかくまともな会話はない状態だった。面接室でならんで座る二人の目と目が会うと、火花が散るという感じがこちらにつたわってきた。
これまでの経過を聞いたセラピストは、「ここでは生活に密着したアドバイスをさしあげます。おうちでご両親に実行していただくことはそう難しくはありません。しかしやり続けるには、根気と工夫と辛抱がいります。がんばってついてこれますか?」と、念押しした。母親は「今までいろんな医療機関や相談センターにいきましたが、だめでした。ここから出された本「克服できる過食症・拒食症」を、読ませていただきました。もうここしかありません。がんばって主人もいっしょに家族三人でついていきます」と、決心の言葉がきかれた。
こうして美香の治療セラピーがスタートした。親にむけてだすアドバイスを、母親はしっかりと守ってきた。めげそうになると父親に話をきいてもらい、交代したりしながら続けてきた。
治療開始後2カ月、小さい良い変化がでてきた
アドバイスをだして2カ月後、美香のようすに見落としてしまいそうな小さな良い変化がでてきた。母親の地道な努力が小さな結晶となってでてきたようだ。どんな変化がそうだといえるのか、じっさいの治療の現場から見えてきたものをとりあげてみた。母親と娘(美香)の会話のなかに、その小さな良い変化はみられる。
小さな良い変化1
ここ一年ほど「ただいま」と言ったことのない美香が・・・
母親:おかえり。おつかれさんやったね。
美香:・・・ただいま。
母親:お茶のむ?
美香:・・・・・(だまって自室へスーッと)
小さな良い変化2
今までは母親にたいしての怒りを「無言、無視」という態度でだしていた。それが言葉でだせるようになってきた。
母親:美香ちゃん、あんたの好きなさくらんぼあるよ。食べない?
美香:いらん。
母親:そうか。ほんなら、おいといてあげるね。
美香:いらんって言ってるやろ。食べ物をおかんといてって、何度いったらわかるん!
小さな良い変化3
母親が近づくと美香はいやがって、プイッと出てしまっていた。さいきんは出ていかないし、少し体を動かして母親がふきやすいようにしている。
母親:おはよう。美香ちゃん、ちょっと床をふかせてね。(洗面所の床に水がとんでいる)
美香:え、あーいいよ。(足をのける)
母親:はい、ありがとう。ごめんね、じゃまして。
小さな良い変化4
母のささやかなプレゼントにたいして、台所に「ありがとう」のメモがおいてあった。いままでの娘のようすからは、信じられないと母親はよろこんだ。
母親:このごろ暑くなってきたよね。新しいタオルとハンケチ買っといたよ。よかったらつかってね。
美香:・・・・(自室へ)
母親:(つかってくれなくてもしかたないな。でもアドバイスどおり続けていこう)
美香:(あくる朝、メモに「ありがとう」と書いておいていた)
小さな良い変化5
長いあいだ自分から母親に頼むということがなかった。すこし母親に甘えるきもちが戻ってきたのかもしれない。心の扉が少し開いてきたようだ。
母親:きょう出かけるけど、買ってきてほしいものあったらゆうてね。
美香:なんもない。
母親:そう、でもまたあとで気がついたら、メイルいれてくれていいよ。
美香:うーん、それじゃ、ローゲンマイヤーのパン買ってきて。
母親:ああ、いいよ。買ってくるよ。
![]()
治療をスタートして、こんなに早く良い変化がでてくるとは思っていなかった。氷のように閉ざしていた美香の心だったが、この調子でいけば次の展開が期待される。母親がアドバイスにしたがって、地道に努力を続けていることがわかる。またその母親を側面からささえている父親のかかわりも大きいだろう。アドバイスをだすセラピストもやりがいを感じて、さらに熱をいれて治療プランに取り組んだ。
淀屋橋心理療法センター
福田 俊一(所長、精神科医)
増井 昌美(過食症専門セラピスト)





